消えた伯爵

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 昼ごろに起き出したエオリアは、空腹を感じたため起きたままの姿で食堂へと足を運んだ。  昨日、宰相たちを見送ることも忘れて丸一日眠ってしまったようだ。日付が変わっていた。  食堂内から話し声がする。 「酷いったらないですよ!もうメチャクチャなんですから!足の踏み場もないんですよ!」 「それは申し訳なかった」 「探すのは構わないですよ?何を探しているのかは分かりませんがね。ただ、せめて出した物を元の場所に戻してくれればそれでいいのですよ」 「そんな当たり前のことが出来ていないのか」 「旦那様が可哀想ですよ!戻られたらさぞかしビックリされるでしょう」 「そうだろうね。そのときは僕が謝るから」 「あ、あの…?」  エオリアが遠慮がちに声をかけると、慌てたメイドふたりが顔を赤くして頭を下げた。  ここのメイドが声を荒げるのを初めて聞いた。  伯爵家の使用人は、ここの主人と同じで何事にも動じない穏やかな人たちばかりだと思っていたから。 「ああ奥様、おはようございます」  スークレイ子爵が爽やかな笑顔を見せて朝の挨拶をした。彼もよく眠れたのか昨日までの疲れはとれているようだ。 「おはようございます…といっても、もうお昼ですね」  挨拶を返しながら、急に恥ずかしくなり頬を染めるエオリア。   昨日は部屋に引きこもり、あのままの姿で眠り込んでしまった。湯浴みもせず着替えもせず、顔は洗ったが化粧のない素顔だった。  落ち着かない様子のエオリアに、子爵は気づかない様子で、自身のお腹の辺りをさすりながら 「お腹が空きませんか?ちょうど昼食を用意するところだと聞いたので、図々しくも僕の分もお願いしたんです」と言った。 「ええ、わたしも……前回いつ食べたのか覚えていなくて…」 「では、ご一緒してもよろしいですか?」 「はい、もちろんですわ」  夫のことで何かわかったのかも知れない。  それを話すために子爵はやって来た。 「食事の後で、ご報告したいことがあります」 「わかりました…」    彼の表情は読めない。  だが、使用人の前では話せないことだとわかる。  エオリアはそっとため息をついた。  昼食の席は、終始和やかな雰囲気で会話が進んだ。  子爵は、先ほどのメイドたちを主人思いで責任感が強いと絶賛し、褒められたメイドは顔を赤くして照れている。そんな彼女たちを見てエオリアは目をまるくした。  食事を終えて客間に移ると、子爵は携帯してきた鞄の中から取り出した物をひとつひとつテーブルに並べながら説明をした。  昨日、この伯爵邸の捜索と同時に夫の職場である魔法局の局長室も調べていたのだそうだ。    テーブルに並べられたものは全部で4つ。  身分証、役職を示すブレスレット、魔力を制御する指輪、重役だけに与えられる録音機だった。 「国から貸与された物は全て、制服や式典で使う装飾品に至るまで全て残されていました」 「………」 「逆に私物はいっさい見当たらなくて、単なる走り書きのメモでさえも処分されているようです」 「処分…」 「暖炉の中の燃えかすに手紙のようなものがありましたが、解読は出来ませんでした。この屋敷も同様でしたね。せめて日記でも残っていたらと思ったのですが」  エオリアは愕然とした。  子爵の話を聞けば聞くほど、夫は何もかもを入念に準備してから出ていったようだ。  夫はいつからこの計画を立てていたのだろう。  少なくとも自分は夫の異変にまるで気付いていなかった。あの日の朝、夫とどんな会話をしたか、その前日は?彼の表情は?彼はどんな顔をしていた?  彼女の混乱した頭の中では、何も思い出すことが出来ない。  唯一思い出せるのは、いつもと同じ夫の優しい笑顔だけ。 「わたし…本当にぼんやりでダメね…思い出そうとしても、何も心当たりがないのですもの…」 「奥様だけではありませんよ。僕もですし、ここの使用人も皆同じです」 「でも…わたしは、あの人の妻なのですよ?……あの、その録音機が気になるのですが、それには何か残されていないのですか?」 「残念ながら…」 「そうですか」  国家の機密に関わるものは、特に念入りに調査をしたが、疑わしいところは無かったという。  重要書類もキチンと鍵のかかる場所に保管してあり、機密漏洩の心配は無いと見られているそうだ。  そうなってくると、失踪の動機は個人的な理由が濃厚となってくる。 「………夫は、女の人と…一緒なのでしょうか…」  ポツリと呟いたエオリアに、励ますようにスークレイ子爵は言った。 「ソルマ山の捜索隊が戻るのを待ちましょう」  完全に俯いてしまったエオリアは、情けなさでまともに子爵の顔を見ることが出来なかった。
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