消えた伯爵

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 半月後  隣国のソルマ山から魔法局の捜索隊が帰って来た。  夫の両親が息子から話を聞いたというソルマ山の別荘は、どこにも存在しなかった。  隣国の協力も得て建築許可証の閲覧や、不法建築がないか現地の調査も含めて細かく調べたが、成果はなかった。 「僕は、局長のご両親に嘘がないか再度訪問したのですが、局長の失踪を知った夫人は卒倒され、男爵は放心状態でした。あれが演技なら役者になれますよ」  スークレイ子爵は冗談めかして話しているが、顔は全く笑っていない。  それもそうだ。夫は実の両親でさえも欺いていたのだから。 「…本当に…スークレイ卿には、何から何までご迷惑をお掛けして、申し訳ありません」 「とんでもない、これは僕の仕事ですから」 「………」 「成果といえば、局長のご実家から数分歩いた場所で、転移魔法の残滓を見つけたんです」  転移魔法は高度な技術を必要とする。  この国で扱えるのは一握りの者だけだとエオリアは聞いている。  ただし、使う魔力が高密度であるため、使った場所に魔力の残り滓が数ヶ月に渡りその場所に留まるのだ。 「局長は隠匿の魔法を重ねがけしていました」 「転移先は、わからない…ということでしょうか?」 「はい、わかったのは移動手段が馬車ではなかったということだけです」  いろいろなことが明らかになって来ても、肝心の夫の居場所がわからないまま時間だけが過ぎて行く。 「…奥様」  珍しく言い淀むスークレイ子爵に、エオリアはハッとして顔を上げる。彼の手元には、いつのまにか書類のようなものが握られていた。 「先日、局長が残した私物はひとつもないと言いましたが、本当はひとつだけ、局長室に残されていたものがありました」  子爵は鎮痛な面持ちで書類を彼女に手渡した。 「これは…」  書類は夫婦の結婚証明書だった。  この書類と同じものをエオリアも持っている。  結婚式を挙げた教会にも一部保管されているはずだ。  夫婦の証明書は一緒に伯爵家の金庫に保管してあったはずだ。それをわざわざ持ち出して局長室に運ぶなんて、第三者に見つけてもらうことを望んでいるようではないか。 「これはどなたが…」 「僕です。僕以外は、まだ誰も知りません」  エオリアは子爵の顔をじっと見つめた。彼の榛色の瞳が揺れている。 「……届けてくださって、ありがとうございます。これは、わたしが預かります」  エオリアが夫の結婚証明書を、大切そうに胸に抱くと、子爵は複雑な表情をした。 「これがどういう意味なのか、わたしは、真実が知りたいのです…」 「………」 「だから…キャロルさんに会ってみようと思うのです」 「!!」  子爵の反応をみて、彼が彼女のことを知っているのだとわかる。  ソルマ山からの捜索隊の帰還を待つ間、エオリアとて何もしなかった訳ではない。  夫にほかの女性の影があるなら、それが誰なのか知りたいと思った。  伯爵家の古参の使用人の何人かに直接尋ねてみると、彼女たちは渋りながらも教えてくれた。夫の恋人の存在と、結婚を約束していたという事実を。 「彼女はもう居ませんよ」 「ええ、知っていますわ。わたしとの結婚が決まったあと、彼女が魔法局を辞めたことも」 「だが、彼女が転居したあとは、誰も居場所を知らないはずだ…」 「知っている人を見つけましたの」  スークレイ子爵が驚きの表情で固まった。そして、ゆるゆると首を横に振る。 「だめだ、あなたがひとりで行くのは危険だ」 「…侍女を連れて行きます。必要なら護衛も連れて行きますわ」  大勢で押しかけて警戒されるのは得策ではない。  だが、もしかするとキャロルの元には夫もいるかも知れないのだ。その事実がわかりさえすれば、それでいいと思っていた。 「……僕も行く。彼女は魔法が使えるんだ。あなたに危険が及ぶような事があってはならない」 「………」 「そこに局長がいるなら尚更だと思わないか?」 「まさか!スークレイ卿は、ふたりが……わたしを憎んでいて、わたしを害すると…そうおっしゃりたいのですか?」  「……その可能性も、考慮するべきだ」  そこまで断言されてしまえば、承諾するしかなかった。  たが、夫が自分を憎んでいるとは思えない。幸せだった2年間が幻だと思いたくなかった。夫がエオリアを可愛がってくれたのは事実なのだ。  たとえそれが、男女の愛とは違っていたとしても。
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