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キャロルは平民だったが豊富な魔力量を持ち、光魔法を使える希少な魔法使いだったそうだ。
彼女は魔法局に入局して直ぐに頭角を表した。だが、ある時を境に光魔法が使えなくなってしまった。
それでも彼女の膨大な魔力量は魔法局にとって貴重な財産だった。
「僕が彼女と一緒に働いたのは数年だけだから、彼女をよく知っていると言う訳でもないんだ」
それだけ言うと、子爵は馬車の窓から見える景色に気を取られたような素振りを見せて黙ってしまった。
スークレイ子爵の日程を調整してもらい、やっと出発出来たのが今日だった。出発日を問い合わせる手紙をしつこく送ったのがいけなかったのか。
エオリアは子爵の横顔を不安な表情で眺めることしか出来ない。どうやら彼を怒らせてしまったようだ。
夫が消えたその日から、彼は手掛かりを掴むために奔走し、足繁く自分の元へ通ってくれた。手掛かりがあれば、どんな些細な情報でもエオリアの耳に入れてくれた。
宰相である叔父や、ほかの官職たちは、夫に対する疑念が晴れた途端、あっさりと通常の生活に戻っていった。まるで夫など最初から存在しなかったかのように。
夫が居なくなってから、もうすぐ2か月。
「………」
以前、夫の実家に同行してくれた侍女が、今日もついて来てくれた。あの日と違って、スークレイ子爵の不機嫌な様子に戸惑っているようだ。エオリアが侍女の手を取り、声を出さずに『大丈夫よ』と伝えた。
すると子爵がこちらを振り返った。
「…………」
「…………」
どれだけ見つめ合っていたのか。
互いの瞳の奥にある感情を探るような視線で。
だが、彼の榛色の瞳からは何も読み取れない。
何か話してくれるのかと期待したが、彼の唇は固く結ばれたままだ。
沈黙に耐えられなくなったエオリアが眉を下げ、まつ毛を伏せると、子爵はまた窓の外の景色に視線を向けた。
「まもなく到着します」
重い空気の中、御者の声にエオリアはホッとした。
「ジェイ?ジェットジェイド?あなたどうして…」
戸口に現れた女性は、黒髪を頭頂部にまとめ、青い瞳をまんまるにして子爵を見ている。黒髪は魔力量の証だ。子爵の髪色も黒だ。
キャロルがエオリアの存在に気付くと、さらに目をまるくした。
「王女様?」
「突然の訪問で申し訳ないが、局長は来ていないか?」
そっけなく子爵が目的を告げると、彼女はソバカスのある鼻をしかめて彼を睨んだ。
「アンタ相変わらずだね。威嚇しなくても逃げないよ。まぁアンタから逃げられる人間なんてこの世に存在しないだろうけどね」
「………」
「あ、ご結婚おめでとうございます…フフ、アタシ王都から逃げ出しちゃったから、お祝いの言葉も言ってませんでしたね」
キャロルは屈託のない笑顔でエオリアを見る。
「しかし、近くでみるとホントきれいなお姫さまねえ。物語に出てくるお姫さまそのものって感じ。それこそこの世のものとは思えないほどに」
キャロルのウットリとした表情に、子爵が顔を顰め「もういい、用は済んだ」と言ってエオリアの腕をとった。
「あら、お茶も飲んで行かないの?急に来るから何もないけど、少しならお菓子もつけてあげるわよ」
すると、彼女の背後から「お菓子?」と子どもの声が聞こえて来た。キャロルは慌てて家の扉を閉めようとするが、子どもは魔法を使ったようで、アッサリと表へ出て来てしまった。
エオリアと子爵はその子どもを見て絶句した。
髪色こそ違うが、夫にそっくりな男の子が、そこに立っていた。夫をそのまま少年にしたような…
「あっ!あーあ…見つかっちゃった。まぁ、いつか見つかるとは思ってたけどさ。この子もいずれ学校に通わせなきゃならないし、ホラ、局長とアタシに似て魔力量が半端なくって、さすがにもう隠し切れないわぁ、アハハ…」
まるでイタズラがバレてしまった子どものように、屈託なく笑う彼女に、夫そっくりの息子が尋ねる。
「ねえ、お姫さまなの?」
「そうだよ、きれいでしょう?」
「うん、すごくきれい」
夫と同じ青い瞳をキラキラさせて、頬を染めている。
かつての夫も、エオリアにこんな顔を見せてくれたことがあった。今となっては懐かしさすら感じる。
「息子さんはおいくつですの?」
思わずエオリアが問うと、キャロルは迷わず答えた。
「アタシが15歳のときの子だから、今13歳だね」
「えっ」
子爵の方がエオリアよりも先に声を出していた。
「あっ、アタシは別に認知しろとか迫ったりしないから安心して!あの人、責任感じちゃって結婚するとか言ってたんだけど断ったのよ。アタシ平民だから、お貴族様みたいに世間体とか評判とか気にしない立場だからさ」
「…しかし」
「子どもを産んだら光魔法が消えちゃって。それにも責任を感じたみたいでさ、それなら生活の保障だけしてくれればいいわって……あらら?」
黙って聞いていたエオリアの瞳が次第にうるみ始めた。
「待って待って!アタシたち、決してそういうのと違うのよ!若気の至りってやつ?お互い了承してるし、王命であの人の結婚が決まった時、心底ホッとしたもの。本当よ?だから王女さまに恨みなんてないし……えええ?」
とうとうポロリと涙がこぼれ落ち、エオリアの頬を伝って地面に染みを作った。
「とりあえず家の中に入れてくれ、出来ればしばらく席を外してくれないか」
「え?ちょっと…お茶くらい淹れるわよ?」
慌てるキャロルに子爵は静かに告げた。
「いいから席を外せ」
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