消えた伯爵

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 季節は春  春らしく暖かな日が続いていた。  メルリウス伯爵家の庭には春の花々と薔薇が見頃となっている。  昼の時刻にはまだ早い午前10時を過ぎたところ。  開け放たれた居間の窓から、白い蝶々が部屋の中へ迷い込んで来た。  蝶は花のような甘い香りに誘われて、ソファーでウトウトしている少女の髪にとまった。  少女の名はエオリア。  窓からそよぐ春風で、彼女の素直に伸びた白金の髪がサラサラと揺れる。今は閉じられているが瞳は淡い紫色をしている。どちらも王家特有の色彩である。  眠っている少女の頬は桜色に染まり、伏せられたまつ毛は長く、弧を描いた口元はまるで笑っているようにみえる。  その様子は美しい絵画のようでもあり、また彼女の幸せなさまを証明するような光景であった。  今からちょうど2年前、メルリウス伯爵と国王の末の姫エオリアは結婚した。王命ではあったが幸せな結婚生活を送っている。  エオリアの閉じられた瞼が微かに動いた。  部屋の外、廊下の辺りから話し声が聞こえる。  うたた寝から目覚めた彼女は、大きな瞳をパッチリと開いた。彼女の美しい容姿とともに、その瞳は宝石にもよく例えられる。  ノックの音が3回、続いて執事の声が掛かる。 「奥様、よろしいでしょうか?」  彼女は「どうぞ」と短く返事をした。  すぐにドアは開かれ、執事と一緒に男が入って来た。約束のない突然の来客であったが、その男はエオリアがよく知る人物だった。 「まあ、お久しぶりですスークレイ卿」  エオリアが姿勢を正して男に微笑みかける。  スークレイ子爵は魔法局に勤める夫の有能な右腕である。2年前の結婚式にも参列してもらった顔馴染みだ。 「奥様、旦那様がまだ職場に出勤されていないそうです。何かご存知ではありませんか?」 「?……」  執事の言葉に少し反応が遅れてしまうエオリア。  それもそのはずで、今朝も玄関ホールで出勤する夫を見送ったのだから。  夫の朝はいつも早い。それでもエオリアは毎朝いっしょに朝食をとり、出掛けて行く夫を見送っているのだ。 「いいえ…何も知りませんわ」  戸惑うエオリアにスークレイ子爵が穏やかな表情で頷いた。 「僕の記憶違いだったかも知れません。確か今日は局に来る前にどこか視察の予定があったのでしょう。僕がスケジュールの確認を怠ったばかりに、ご心配をお掛けしてしまい申し訳ありません」  丁寧に頭を下げる彼の表情に少し違和感を感じつつもエオリアは笑顔で応えた。 「お仕事お疲れ様です。何かありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね」  疑うこともなく、スークレイ子爵を見送ったその日    夫は家に戻らなかった。
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