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3
翌朝、明るい日差しの中、右手に槍を持ち、左手をゾーイの手とつないで雪の道を歩いた。
ゾーイはご機嫌だった。また会う約束に、と手首に結んでやった悪霊除けのミサンガを俺に何度も見せてくる。
例の岩の近くまできて、足が止まった。
「──音がしない」
辺り一面、痛いほどの静寂がひろがっている。おかしい。バリアを生み出す機械が止まるなんて。
ゾーイが困惑した表情を浮かべた。
「ほんとだ……バリア消えちゃってる。どうしてだろう」
いつもよりはっきりと見える国の城壁をじっと見つめる。
嫌な予感がした。
「ゾーイ、俺、一緒に行ってもいい? 音も止まったことだしさ」
「うん! ありがとうシリウス。心強いわ!」
はは、と笑って国へ向かう。
近づくにつれ、妙な感覚に包まれた。
国の中に入って、その感覚が確信に変わった。人の気配が消え失せていた。
こつ、こつ、と靴音が響く。
広場に人影が出現した。微かな機械の駆動音、油の匂い、人間の皮膚に限りなく近い素材の匂い。
「ママ! よかった、無事だったのね」
駆け出そうとするゾーイの手を引っ掴む。痛い、とゾーイが顔を歪める。
「なんで、離してよ!」
と、ゾーイが暴れ出した。ぽこんと足を蹴られようが、小さな手でばしばしと叩かれようが、俺は、どうしてもゾーイの手を離せなかった。
現れた人影に向かって尋ねる。
「お前は誰だ」
「久しぶりだな、シリウス」
エマ博士にそっくりなそれから流れてくる音は、ひび割れ、変な風にくぐもっていた。ゾーイがぴたっと動きを止めた。食い入るようにそれを見つめている。
「機械の国へようこそ」
「……人間はどこへ行ったんだ」
「伝染病でね。ゾーイ以外は助からなかった。寒冷地だからと油断したのが悪かった。ゾーイから抗体を作る前に、皆、亡くなってしまったんだ。我々機械人形は、人間が減った時の保険だよ。体のいい労働力として地下で眠らされていたはずが──」
エマ博士の顔をした機械人形が、すっと手を翳した。
肌は大きくひび割れ、機械の部分が見えている。ゾーイがはっと息を飲んだ。
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