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昔々、ある極寒の地に、『機械の国』がありました。
その小さな国の住人たちは非常に高度なテクノロジーを使いこなしており、国はいつも、「バリア」という見えない魔法の壁のようなものに守られていました。
機械の国の住人には、一つ困ったことがありました。
それは、バリアの周囲をうろつく悪霊です。
『機械』も『バリア』もお化けには弱く、歯が立ちません。悪霊は年に何度か国の中へと侵入し、そのたび、住人たちは恐怖にふるえます。
ある時、バリアの外で、エマ博士という女性が悪霊の調査をしていました。
そこへ一匹の獣人がやってきました。獣人というのは、人間のように服を着て二本の足で歩き、人間の言葉を話す、人と獣のあいだの種族です。
呪い師として認められるべく旅をしているその獣人は、名前をシリウスといいました。祖先は狼で、鋭い爪に大きな牙、全身を包むもっふもふの毛皮はすごく温かそうです。
シリウスは獣人の中でも特別に感覚が鋭く、人間や機械では感知できない力を使いこなしていました。
悪霊に困っているのだ、とエマ博士が愚痴をこぼすと、シリウスはエマ博士の目の前で悪霊をやっつけてみせました。
エマ博士は感謝感激し、お礼に貴重なアイスクリームをわけてあげました。シリウスはとっても喜びました。
二人は約束を交わしました。
機械の国はシリウスに悪霊を退治してもらいます。
エマ博士は、年に一度、シリウスの塒へ赴きお礼の品を献上します。
*
「──機械の国のエマ博士と獣人シリウスは、いつまでも仲良く暮らしましたとさ、なーんてな」
俺は辺りを見回した。
ごつごつとした岩肌の大地は雪に覆われている。僅かに生えた木々の枝は雪の重みで垂れ下がり、雪を被った石は重たい色の岩肌を剥き出しにしていた。
代り映えしない景色の中、黒い靄の形をした獣が突進してきた。悪霊だ。
口の中で呪いを唱えつつ、悪霊の足元目掛けて槍を突き込む。跳ね上げるようにして一閃させる。
悪霊は、あっという間に霧散していった。
「こんなもんか」
独り言が癖になったな、とバリアにゆらめく国を遠巻きに眺める。これ以上は近づけない。バリアを生み出す機械の音が苦手で、近づくと具合が悪くなるのだ。
近づけないなら私が行くよ、とわざわざ足を運んでくれたエマ博士たちが来なくなって、三年が経った。
何か知らせが届くと期待していたけれど何もなかった。
時を同じくして、バリアの外へ出てくる人間もいなくなった。
きっと何かあったに違いない。
けれど、音のせいで近づけず、確かめに行くこともできない。
忌々しい機械の音は今日に至るまで絶え間なく続いている。
バリアから目を逸らす。
瞬間、視界の隅で何かが動いた。
咄嗟に槍を構え直す。
岩陰で、とさっと小さく物音がした。
雪の上に銀色の長い髪がひろがる。垂れ耳付きの帽子に、もこもことした白い防寒着、頑丈そうなブーツ。
エマ博士とよく似て異なる匂い。
駆け寄って、はっとした。
一人で倒れていたのは、エマ博士の一人娘、ゾーイだった。
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