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2階から降りて台所に入ってきた智紀が私の顔を見てギョッとした。 『なになに?何で泣いてんの?』 ずっと暗いポケットに入っていたせいか古びておらず、お母さんが昨日書いたかのようなヒーローの柄のメモを手渡した。 『お母さん、家出なんかしてないよ。 自分から家出しようとする人が…お誕生日の献立とケーキの予約なんか書かないよ…いなくなる日に…。 智紀の好きな物ばっかり…。』 最後は声にならなかった。 智紀はメモを凝視したまま動かなくなった。 私はウォールポケットを元の場所に戻し、そっと台所から出た。 親子水入らずにする為に。 一人で庭に回った。 今は何の植物も育てられてはいない。 お父さんも智紀もそんな余裕は無かっただろう。 たまに雑草が生えないように薬を撒いているって言ってたっけ。 お母さんがいた頃は綺麗な花々が育てられていたのかなと想像してみる。 家の様子と先ほどのメモでお母さんの印象が変わった。 私も智紀を置き去りにした人だと思い込んでいた。 当時、あのポケットも家出の手掛かりがあるかと見たと思う。 あのメモは見逃されたか、見ても家出と結びつかなかったか…。 壊される前に見つかってよかった。 私が見つけたことで、お母さんに『智紀をよろしくね』と認めてもらった気がする。 『杏子(きょうこ)おまたせ。』 智紀がウォールポケットを持って庭にやって来た。 私は先ほどから考えていたことを言った。 『お母さん、一緒にまた探そうか。』 『いや、いいよ。』 断られるとは思ってなかったので、ちょっと驚いた。 智紀は泣き腫らした真っ赤な目で家を見上げた。 『きっとどこかで幸せに暮らしてる。 そうだな…多分記憶を失ってるんだ。 思い出したら向こうから会いに来るよ。』 …そうか。 そうだね。 智紀を置き去りにしたわけじゃないと誤解が解けた。 もうそれだけでいいんだね。 また探すのを再開するとして、今の技術や捜査力なら簡単に真相がわかるかもしれない。 でもわかったところでそれが聞くに耐えないものだったら?… もし亡くなっているのならちゃんと供養もしてあげたいけれど、それはまだ先でいいかもしれない。 お母さんはきっとどこかで幸せに暮らしてる。 そのうち会いに来るね。 だって家の場所は変わらないし。 『あのさ、お母さんのミシンと…まだ間に合うならピアノが欲しいの。 私も手作りしたい。 子供が出来たらピアノ習わせたいし。』 今までお母さんの物は見たくないかもしれないと思っていた。 もう、そうじゃない。 むしろもっと持ち出そう。 『そうだな、業者に連絡してみよう。』 そしてウォールポケットを私に見せて言った。 『せっかくの新しいキッチンだけど、飾っていい?』 そんなのいいに決まってる。
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