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『智紀のお父さん、追い出したみたいになっちゃったな。』 お父さんが使っていた座椅子を見たら申し訳なく思えてきた。 『そんなことないよ。 オヤジからいいって言ったんだからいいんだよ。 ずっと兄ちゃんが心配だって言ってたし。』 智紀のお父さんは昨年で定年退職になり、自分の実家に一人で暮らすお兄さんのもとへ先月引っ越した。 この家は次はお前たちで好きにしなさいと言ってくれた。 一人っ子の智紀がお父さんと二人で暮らしてきた家。 お母さんは智紀の10歳のお誕生日の2日前に家出したと聞いている。 しばらく探しても見つからないから探すのをやめたと。 話したがらないので詳しくは聞いていなかった。 結婚が決まってお父さんに正式に挨拶した時、智紀に仕事の電話がかかってきた隙にお父さんが教えてくれた。 専業主婦だった妻は会社と学校に行っている間にいなくなった。 特に変わった様子も無かったし、普段着といつも持っていたバッグで出掛けたようだった。 浮気されていた形跡も無いので事件や事故でも調べてもらっていたが、一向にわからなかった。 スマートフォンやGPSはまだ一般的ではなく街角の防犯カメラも数少なかった時代、凶悪事件の可能性も薄かったから捜索は後回しにされていたんだろうと。 『しはらくしたら智紀が‘もう探さなくていい’と怒りだしてね。 私も仕事と子育てと何回も事情聴取されたりで疲れてしまっていたから、智紀がそういうならもういいかと諦めたんだ。』 だいぶ大きくなっていたとはいえ、まだ小学生の子供を育てながらの仕事と警察とのやりとりは本当に大変だったと思う。 『今思えば…智紀が怒ったのは母親が勝手に家出して置いて行かれたと思い込んで淋しかったんだろうなぁ。』 胸が締め付けられる。 学校から帰ったらお母さんがいなくて、待っても待っても帰って来なくて…。 いなくなった理由もわからないまま…。 幼児のように素直に泣き叫ぶことが恥ずかしくなる年頃。 でもまだまだ甘えたい年頃。 お母さんを恨むことで淋しさを打ち消し、存在を忘れたんだ。
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