第二話「平安の野狐と白蛇」

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「ならば、おまえに名を与えよう。その子の子孫がおまえを解き放つとき、おまえは名に縛られ、その子孫を主とせぬ限り、この世で自由は得られぬ」  高僧が桜の根元に楔を立てた。 「狐の妖しよ、いま、おまえに名を与える。これよりは『時定』と名乗り、その子の子孫の血と、おまえの血によって主従を誓え。その子の子孫が現れぬ限り、永劫、この桜に封じることとする」  カッと高僧が野狐の胸に金剛杵で突き、桜の木に繋ぎ止めた。 「野狐!」  白蛇が叫び、桜に近づこうとしたが、朱曼荼羅が闇夜に光を放ち、寄せ付けない。  野狐の体が桜の幹に消えていく。 「時定よ、おまえの香気をあの腹の子に移す。下僕としてその子孫に仕えよ」  金剛杵に野狐の命の源、妖力の源でもある香気を吸われる。  消えゆきながら、時定は御簾の向こうの女に目をやる。  香気を吸われて、己の力が弱っていくのを感じながら、姿は消え、桜の中に埋もれていきながら、意識だけを残して、木肌の奥に同化していった。 館を取り囲んでいた妖狐たちが、野狐に加勢しようと館に火を放った。身重の女と高僧は館から避難していった。その後を数匹の妖狐が追っていく。
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