第一話「野狐と主従の誓い」

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こちらにはまだ民衆は来ていない。  そう思って油断していた。 「おい、そこの坊主、何を持っている? こちらに寄こせ、歯向かえば殺すぞ」  野太い声が、穂澄を呼び止める。  振り返ると錆びた鍬を持った大柄な男が、穂澄に近づいてきていた。  満開の桜の古木の幹に、穂澄はじりじりと追い詰められて背中が当たった。これ以上、退路はない。  大きな手が、穂澄の抱えている仏具・経巻に伸びてきて、無理やり取り上げる。八寸の桐箱だけしか残らなくても、これを奪われてはならない。穂澄は必死で桐箱を胸に抱きこんで、桜の古木の根元に身を丸めてうずくまった。 「強情な坊主だ。素直に寄こせ」  大柄な男が濁声で怒鳴ると、足元で丸まっている穂澄の、左肩に錆びた鍬を打ちおろした。  激痛が走り呼吸が止まる。  熱い血飛沫が桜の根元にかかり、血だまりを作り出す。  それでも穂澄は、桐箱を体でかばっていた。  穂澄の血が染みて地面に吸い込まれ、桜の根元が黒くなっていく。  大柄の男が今度こそ、穂澄を殺そうと鍬を振り上げたとき、猛烈な強風が吹きつけ花々を揺らしながら、花びらがあたりを覆うほど散った。
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