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花びらの幕が、男と穂澄のあいだを隔てる。穂澄が思わず目を閉じて、振り下ろされるはずの鍬の痛みに備えた。しかし、痛みはなく、恐る恐る穂澄が目をあける。
そこには、人とは思えぬ、白銀の長い髪を風になびかせた白く若い男が、穂澄を背にかばうように立っていた。
「俺はここの桜の内の春の世から出られなかった。長い間、おまえを待ち続けた。その身の内に香気を持つ人間の血をもって、俺の封印は解かれた。解いた者はおまえだ」
凛とした声が、うずくまり白銀の男を見上げていた穂澄にかけられた。
大柄の男の姿は、花びらの幕の向こうで見えなくなっていた。
ただ白銀の男だけが美しく佇んでいる。
「おまえの血で封印を解かれたからには、俺も己の血でおまえに従おう」
そう言うと白銀の男が、自分の長い爪で手首の内側を切ると、穂澄の口元に当ててきた。
「さあ、飲め。俺がおまえの窮地を救ってやろう」
蠱惑的な笑みを向けてくる白銀の男の声が、陶然とする響きであったため、穂澄は吸い寄せられるように、その手首に唇を寄せて、舌で血をすくい、一口飲んだ。
白銀の男は穂澄の前に跪いて、恭しく首を垂れる。
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