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「我が主、今から俺はおまえの下僕。俺は野狐、名は時定。おまえの名を教えてくれ」
穂澄は信じられない心地で自分の名を口にした。時定が跪いたまま
「我が主、穂澄に誓う。何人も穂澄に危害を加えるものは俺が許さない。穂澄に、この時定のすべてを捧げる。血の主従の誓いだ」
と告げると、桜の花びらの幕はひときわ強い風に舞い散り、夜の中に消えていった。
穂澄を鍬で打ち据えようとしていた大柄の男が、ぽかんとした顔で、目の前に現れた時定を見ていたが、はっとしたように声をあげた。
「何者だ、貴様! そこをどけ」
時定が軽く錆びた鍬の刃先を捻り、曲げる。
「ばけもの……!」
大柄の男が、腰を抜かして尻をつき後退り、這いつくばって逃げていく。
出血と左肩の痛みで、穂澄はそこで意識を失った。
穂澄が傷の熱に浮かされて、目をあけると布団の横に子狐が一匹いた。次に目をあけると二匹、次は三匹、と目をあけるたびに子狐の数が増えていたが、眠くて体も口も動かないし、頭も働かないので、増えるままにして昏睡した。
左肩の傷は、誰かが手当てをしてくれているらしく、毎回、綺麗な布で巻かれていた。
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