現の花と野狐の純愛

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 穂澄(ほずみ)がお勤めしている神宮寺の境内が、にわかに騒がしくなる。もう丑の刻だった。  ほとんどの僧たちも、状況がわからぬまま、坊舎の外にまろび出た。炎の爆ぜる音がする。  仏殿の目の前で、仏像を火にくべている男たちがいる。  先日、明治政府が下した『神仏分離令』が思わぬ暴動を引き起こしていた。仏具・仏像が納められている宝殿に、民衆が乱入してきている。  穂澄は愕然とした。昨日まで民衆の信仰の対象であった仏像を、民衆が境内で、炎に投げ込んでいる光景に身を震わせて、穂澄は我知らず体が動いていた。  穂澄は宝殿に走った。数ある建物のひとつ、仏殿も打ち壊されていた。  救える仏具・仏像・経典はひとつでもいいから、持ち出して守らなければ。  その一心で、穂澄は暴動している民衆の中に突入した。  群がる民衆の合間を縫って、境内の奥のさらに先の宝堂から、宝物を移動させるべく走る。  まだこちらまで火の手はあがっていないが、それも時間の問題だろう。  大きすぎる仏像や、穂澄ひとりでは運び出せないものは諦めて、経巻と仏器、八寸の古い桐箱の中に収められている金剛杵を抱えて、境内の裏庭に回った。
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