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古いビルの屋上でコートを着た女が横ばいになり、カメラをせり出すようにして隣のビルの窓に向けている。
(あの若い女が、もしかして?)
女は隣のビルにいる面接官の妻だった。
ある日、珍しく朝帰りしてきた夫。いつもはキレイに撫でつけている髪がやや乱れており、仕事が遅くなったのだと言う。
その態度は明らかによそよそしく、女の勘が浮気だと告げていた。
一度湧いた疑惑はみるみると膨れ上がり心を蝕んでいった。
狂気に導かれるようにカメラを手にし、夫の行動の監視を始めた。
一挙手一投足をあまねく観察する。普段と逸脱した反応はすべてサインだ。
証拠をつかむまでやめない。絶対に証拠をつかんでやる。
暗い情熱は留まることを知らず、夫の勤める会社を覗くべく隣のビルの屋上からカメラを向けるに至った。
(旦那の反応がおかしい。あの女、会社の人じゃないわ。)
望遠レンズを通して見える夫の顔は明らかに動揺していた。
あんな表情は見たことがない。震えてるようにも見える。
膨大な労力を費やして観察してきた情報と今ここ映っている景色。
点と点が繋がり、一つの結論を示していた。
(絶対そうだ。浮気相手が会社に乗り込んできたんだわ!)
何度も何度もシャッターを切る。
待ちに待ったシーンをカメラに収め、女は興奮に打ち震えた。
(あんな小娘に入れ込むなんて。私のことはもうどうだって良いと言うの?ひどい人!)
怒りがこみ上げてわなわなと腹の底から震えが生じる。
ギリリと歯ぎしりし、ググッと血管が浮き出るほど手に力がこもり、震え、その振動で・・・ツルリとカメラが指先から滑り落ちた。
(あっ!!)
慌てて手を伸ばすも間に合わず、カメラは音もなく地上に落下していった。
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