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該当の現場だけを担当しなければ、今まで通り働けるのではないかと青山さんは言った。その上、「君の体質はとても貴重で、我が社にとって非常に有益な存在だ」とも。
その理由としては、皆が恐れる怪奇現場の警備が安全かどうかが確認出来る人材がいれば、多少怪奇現象が起こったとしても「大丈夫だ」と自信を持って他の従業員に担当させることが出来るからだ。それが出来る俺が、この会社にとっては非常に有難い存在なのだと。
「でも、別件でまた憑りつかれたら……」
「じゃあ、こういうのはどうかな? 一旦これで我が社を辞めてはもらうけど、例えばまたこういった誰も担当しない案件が出来た場合、松原君に日雇いで依頼するというのは」
つまり、日給のバイト依頼だ。俺が一日だけ無事に働き、怪奇現象が起こる原因さえわかれば、あとは他の従業員を説得して担当してもらうだけなのだと。
(毒見係的なことか?)
悪霊の話が真実なら、「それじゃ根本的な解決にはなっていない」と断るところだが、実際には例の異形にこの会社を標的にさえされなければ、俺的には全く問題はなかった。俺がこの会社に所属していることで会社に迷惑がかかるのだけは避けたかったので、日雇いという提案であれば、こちらとしてはむしろ有難いくらいだ。
しかしこの日は、「そういうことなら……」と前向きに検討することにして、回答を一旦持ち帰ることにした。
それから数ヶ月が過ぎた今現在、警備会社とは再び連絡をとらないまま、気だるい猛暑の続く夏を経て、冷たい風が吹き始める季節を迎えている。
「それで忌一よ。おぬし、この先どうするつもりじゃ?」
自室のコタツの上で、みかんの上に胡坐をかいた小さな老人が、ため息交じりにそう口にした。俺の第一式神、“じーさん”こと『桜爺』である。
「どうするって?」
「日がな一日、そうしてダラダラと過ごしておって良いのか?」
「よくはないけど……、アイツに目を付けられた以上、どこかに就活するわけにもいかないでしょうよ」
どこかに勤めてしまえば、今度はその場所の人間が異形の人質になる可能性があるからだ。それではせっかく警備会社を辞めた意味がない……とは思いつつも、こうして家にばかり籠っているのものまた、唯一の家族である養父を危険に晒すことにはなるので、日々ビクビクしながら生活している。
だが幸いにも例の異形は、この築二十年以上経つ松原家を一度訪れただけで、二度目の来訪は果たしていなかった。
「じゃが、いつまでも働かなくて良いのか?」
(それは良くない)
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