2.奇妙な珠

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2.奇妙な珠

 家から歩いて十分ほどの距離にその交番はあった。とりあえず不摂生な生活で伸びきっていた無精髭を手早く剃り、スウェットのパンツをGパンに履き替えただけなので、電話から三十分も経たずに到着したはずだ。  交番の扉を開けるなり「きいっちゃん! 来てくれてありがとう!」という虎我の嬉しそうな声が出迎える。二歳年下の彼は体格のがっしりした漢らしい男だが、女性でないのが惜しいくらいのとびきりの笑顔だった。 「もしかして、暇だから呼んだ?」  狭い交番内を見回すと、もう一人居るはずの先輩警官が見当たらないので一応訊ねる。 「それもある」 「おい」 「まぁまぁ、ちょっとこれ見てよ」  そう言って虎我は、自分のデスク上に黒いベルベット生地の布を静かに広げた。布の上には、直径一センチほどの小さな無色透明の(たま)が複数個並んでいる。どれも小さな穴が貫通していて、中に細いゴムやテグスが通せそうだった。 「この珠って、もしかして水晶?」 「だったらまだ良かったんだけどな」 「?」  虎我は一粒の珠を手の平に乗せ、顔のすぐそばまで近づけて見せる。 「よく見ると球体の真ん中に線が見えるのわかる? これ、半球同士をくっつけて出来上がってるんだ」 「……ってことは、これ石じゃなくて作り物!?」 「そう、樹脂で出来てる。つまりプラスチックだな。巷では“レジン”て言うらしいけど」  このレジンで出来た複数の珠は、もともとは伸縮性のあるテグスで繋がれたブレスレットだったという。しかも、魔除け効果のある“水晶のブレスレット”として十万円で売られていたのだそうだ。  ブレスレットの購入者は中年の女性で、原因不明の体調不良やラップ音、ポルターガイストなどの怪奇現象に悩まされ、スピリチュアルなお悩みを解決すると評判のとある“霊能力者”から購入したらしい。 「購入してから二日後に、突然ブレスレットの紐が千切れてこの珠が足元に散らばったらしい。それでこの珠をよく見てみたら……」 「水晶じゃなく、プラスチックだったと」 「そう。それで自分が騙されたことに気がついて、この交番に駆け込んだってわけ」  女性はこの交番に辿り着いて開口一番、「詐欺に遭った!」と憤慨していたという。  水晶に似せて作ったレジン製の珠をひとつ手に取り、交番内の蛍光灯の光に透かしてみると、わずかだが珠の中に黒いモヤがうごめくのが視えた。他の二、三粒を手に取って同じように透かしてみても、やはりどの珠にも同じように黒いモヤのようなものが視える。  複数の珠を手の平に乗せギュッと握ってみると、わずかだが『ドクン』という心臓が脈打つような振動と、じんわりと体温のような温もりを感じた。
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