肆 学園の天使

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『アラン、大丈夫?』  母が心配した顔で手を差し伸べてきた。その指には鮮やかに輝くブルーサファイアの指輪。それを見た瞬間、アランはミシェルの青い目を思い出し、全身の毛がゾワッと総毛立つのを感じた。 『うわぁああああ!!』  アランは悲鳴をあげるように叫んで母の手を力任せに振り払い、それからも激しく泣き叫んだ。半狂乱な息子を驚愕する表情で固まったまま見つめる両親…アランは、ミシェルを呪った。呪うが、いざ本人を目の前にした時、『無理』だった。  見舞いを称してアランを監視するミシェルと改めて対面した時、あまりの恐怖心にアランの本能がミシェルに平伏していたのだ。あの発狂する痛み、屈辱、忘れたくても忘れられない…。 『アラン、君に選択するチャンスをあげる。僕に協力するならその『片方』は見逃してあげるけど…どうする?』  ミシェルの天使のような笑顔から紡がれた悪魔の契約。この契約を拒否すれば、きっとミシェルはどんな手を使ってでも自分を追い詰めるのだろう。アランは、神にも縋る思いで頷いた。 『何でもする、だから…だから、もう許してくれ』 『賢明な判断が出来る人は好ましいよ』  ミシェルは満足そうに笑う。その笑顔は天使には程遠い悪魔のような凶悪な笑顔だった。  その日からアランはミシェルの『手と足』になったのだ——。 「…まぁ、今回役に立ったし許してあげるけど。二度目はないよ」 「はい、はいっ…!」  ボロボロと涙を溢し壊れた首振り人形のように頷くアランを興味も無さそうな目で一瞥した後、ミシェルはさっさと目的地への歩みを進めた。向かう先はリーゼロッテのいる場所だ。キャサリンに連れていかれるリーゼロッテの姿を、大勢の生徒たちが目撃していた。  ミシェルはアランを使い、リーゼロッテを追い込む噂を流した。貴族という人種は面白い程に『噂』で踊ってくれるから、ミシェルは貴族が好きだ。  こうして噂を使いリーゼロッテを孤立させて、また今までのように自分が慰めてやればいい。そうすれば、リーゼロッテは自分を頼らざるを得ないのだ。  初めはただの弟に、そして次第にミシェルそのものに依存するように誘導してあげたらいい…。 (最近、アイヴィーも僕に懐疑的だし、ちょうどいいからこれを機にリゼと仲違いにでもなって貰おう)  またアランを使って追加の噂を流さないと…と考えながらミシェルは気分良く鼻歌を歌った。何もかも順調に思えてスキップでもしたい気分になる。はやる気持ちを抑えて、でも足早にリーゼロッテの元へ向かった。 「——リーゼロッテは俺の恋人なのだから」  到着すると、リーゼロッテの肩を抱くユリウスが言った言葉だ。ミシェルは驚愕する。 (は? なんでユリウスがここに? えぇ?)  ミシェルは混乱していた。何故なら、ミシェルの知るユリウスなら、リーゼロッテに関心を持つ筈がないのだ。 (どうして? ユリウスはアイヴィーと結ばれる筈でしょう?)  自分の計画に、異常発生。ミシェルの頭がぐるぐると回転し、今後の修正案が脳内を駆け巡っていく。  リーゼロッテとアイヴィー、そしてユリウスがよく三人で過ごしているとは思っていたけれど、油断した。 (僕はてっきり、アイヴィーとって…)  悔しさが込み上がる。とにかく、この状況を何とかしなくてはならない。今からでも自分が出ていき、何とか計画通りに…。  その瞬間、ミシェルは信じられない光景を見た。リーゼロッテとユリウスがキスをしたのだ。 「………」  無機質だった青い目に、怒りが滲む。この気持ちは嫉妬だ。ミシェルは今、嫉妬から気が狂いそうなほどの怒りを感じている。それが涙となり、ミシェルの頬を次々と濡らしていった。 「…そうなんだ。『また』なんだね?」  この感情も久しいよ…と呟いて、ユリウスと見つめ合うリーゼロッテを見た。  彼女はまたミシェルを嫉妬心で追い詰め、自分の愛を試すつもりなんだと思った。 (いいよ、リゼ。僕の愛を試しなよ)  ズキズキと痛む胸を強く押さえてミシェルは涙を流しながら笑った。『愛憎』が、彼の心を蝕んでいく。 (僕はもう絶対に諦めない、逃さないから) 「…今回は、ユリウスを誑かしたんだね…リゼ」  —肆 学園の天使・終—
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