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「離して」
厳しい目をアランに向けると、彼は今度はリーゼロッテの肩を抱いて更に引き寄せてきた。リーゼロッテは頭がカッとなり、力一杯にアランを突き放す。
「ごめんなさい。急用を思い出しましたので失礼します」
明らかに怒っている表情のリーゼロッテに、盛り上がっていた友人たちの顔は強張っていた。誰からも引き止められることなく、リーゼロッテはその店を後にした。
「リーゼロッテ!」
店を出てすぐにアランが追いかけてきた。リーゼロッテは足を止めることなく、馬車の配車場へと向かう。
「悪かったって…そんなに怒るなよ」
無視していると、アランがリーゼロッテの手を掴んだ。痛みに顔を歪めて、リーゼロッテはやっとアランへ振り返る。
「痛いわ、離して」
「離したら逃げるだろ」
ギリ、と更に掴む手に力が込められた。
「なぁ…俺とデートをやり直そう!」
何故私が貴方なんかと…と、リーゼロッテは思いながら掴まれた手を振った。
「いいだろ、少しだけ…」
リーゼロッテがどんなに抵抗しようと、アランの手は振り解けない。それどころか、強く引っ張られてズリズリとアランの方へと引き寄せられている。
「あの路地を抜けた先にいい店があるんだよ」
そう言ってアランが指を差した方を見れば、そこは暗く人通りのない裏路地だった。
(路地裏に連れ込んでどうする気…!?)
リーゼロッテは青褪めて、より一層抵抗した。しかしアランの力の方が強く、リーゼロッテは裏路地へと連れ込まれてしまう。
「リーゼロッテ。俺さぁ、お前が好きなんだ」
人通りのない場所でアランが足を止めて振り返りリーゼロッテに言った。
「本当に、本当に! 心の底から好きなんだ!」
アランの目は充血していて大きく見開かれている。リーゼロッテは恐ろしくなり、思わず涙を溢してしまった。
「泣かないでくれよぉ、リーゼロッテ! 俺が悪者みたいじゃないか!」
そう思うのであれば離して欲しい。リーゼロッテは、目の前で歪な笑顔を浮かべるアランに目を向けた。
「やめて! ごめんなさい。私は貴方の気持ちに答えられない…!」
泣きながらリーゼロッテがアランを拒否する。するとアランは傷付いた表情を浮かべて、掴んでいた手を離した。見れば、リーゼロッテの白い手首にはアランの手の跡がくっきりと残っている…。
「…何でだよ…俺、そんなに見かけも悪くないだろ? どうして断るんだよ」
食い下がるアランはリーゼロッテの華奢な肩を乱暴に掴んだ。どうしてもリーゼロッテを諦められないらしい彼は、リーゼロッテの顔を覗き込む。
「あの義理の弟のせいか? あいつとリーゼロッテがただならぬ関係だって噂、本当なのか!?」
リーゼロッテは首を横に振り否定した。
「ち、違う! ミシェルはこんな乱暴なことは絶対にしない…!」
「おい、今誰と俺を比べてるんだよ!」
アランの気持ちを逆撫でてしまったリーゼロッテはボロボロと涙を溢した。怒鳴られて怖いし、それに力が強くて痛い。
自分がもっとちゃんと、雑に断らずに丁寧に接しておけば結果は変わっていたのだろうか。それとも恥ずかしがらずに父に相談しておけば…リーゼロッテの中で後悔の念がぐるぐると駆け回る。
しかしもう遅いのだ。こうなってしまった結果を、リーゼロッテは受け入れなければならない。もう自分ではどうすることも出来ないと、無力な自分を受け入れなければならない…。
(…誰か助けて…)
諦めた瞬間に、今度は縋る気持ちが湧いてくる。願わくば、誰でもいいから通りかかってはくれないか。
(誰か、誰か…誰………ミシェル…)
何故この時に、あんなに距離を置きたいと思っているはずの弟の姿が頭に浮かんだのかは分からない。しかし今のリーゼロッテには自分を助けてくれると思い当たる人物はミシェルしか思い浮かばなかったのだ。縋る思いでミシェルの名前を呼んだ。
「…ミシェルぅ…助け…うわぁあん…!」
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