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ミシェルの名前を聞いて、カッとなったアランはリーゼロッテに無理矢理キスをしようとした。
しかし、それは敵わなかった。誰かに後ろ髪を強く掴まれて、アランの体は勢いよく後ろへと投げ飛ばされる。
「…僕の姉さんを泣かせたね…?」
尻もちをつきながらもアランが顔を上げるとそこには、どこから現れたのかミシェルがリーゼロッテを守るように立っていた。アランの髪の毛が指に絡まっているのか、ミシェルは汚らわしそうな表情で手を振る素振りを見せている。
ミシェルはすぐに振り返って泣くリーゼロッテを抱き締めた。
「僕が来たからもう大丈夫だよ」
いつの間にかリーゼロッテよりも背が高くなったミシェルの腕の中でその言葉を聞いたリーゼロッテは、心の底から安堵して…そしてまた涙が出てきて止まらなかった。そんなリーゼロッテにハンカチを差し出しながら、ミシェルがアランへと振り返る。
「アラン・ビート」
アランの名を呟きながらツカツカと彼の元へ近付いてきたミシェルは、足を大きく上げて力強くアランの股スレスレの地面を踏みつけた。
ヒュッと股間が縮むアランに、ミシェルは今まで誰にも見せたことのない無表情で目を向けている。
自分より小柄な筈のミシェルにアランは何故だか恐怖心を抱いた。普段は、いつもニコニコと笑うミシェルに軟弱野郎などと嘲笑っていたアランだったが…今のミシェルはまるで別人のようで、どこか底が知れない。
「姉さんに二度と近付くな」
ミシェルはそう言って、腰を折ると怯えた様子のアランの耳元で小声で優しく囁いた。
「姉さんを泣かせたツケは払ってもらうからな…」
(……どこが…)
どこが『公爵家の天使』なんだ。凶悪な笑顔を浮かべるミシェルを、アランは焦点の合わない目で見つめる。
「だから僕が行くまで大人しく消えていろ」
ふとアランの頭に、去年に全身火傷を負った侯爵家の令息について伝え聞いた話が思い浮かぶ。その令息は事故に遭う前にリーゼロッテを池に落としたらしいのだが…アランはその真相に勘付いた。
(絶対にこいつだ…)
ミシェルがやったんだ。アランから血の気が引いていく。
(次は…俺だ…)
アランはブルブルと恐怖で体を震わせてミシェルを見上げた。ミシェルは…狙いを定めたような鋭い目で笑っている。
「うわぁああ!」
恐怖に堪らずアランはその場から逃げ出した。ミシェルから一刻も早く離れたい。
(あの不気味な青い目で俺を見るな!)
アランはもう二度とリーゼロッテに近付かないと心に決めながら、無様にも脱兎の如く逃げ出したのだった。
「姉さん、大丈夫?」
アランが去っていく姿を見送って、ミシェルはリーゼロッテへ振り返った。その顔は純粋に姉を心配する弟の表情だ。リーゼロッテも次第に涙が落ち着いてきて、コクコクと頷きながらミシェルのハンカチで目を擦った。
「あぁ、擦ったら駄目だよ」
ミシェルが駆け寄りリーゼロッテの顔を覗き込む。
「ほら…目が赤くなっちゃってる」
リーゼロッテの手からハンカチを奪うと、今度は自分でリーゼロッテの涙を優しく拭ってやるミシェル。リーゼロッテは今、心が弱くなっているからか…ミシェルに優しくされて、つい自分の中で抱えていた不安を吐露してしまう。
「…最近、身体が変なの…」
ミシェルの手が止まる。
「朝起きたら…む、胸の先とか、股とか、身体のあちこちに痺れるような感覚が残っていて…それに胸もどんどん大きくなるし…周りの子と比べて私の身体ってだらしなく見えて…」
まるで娼婦のようだと自分自身を思ってしまう。心の内の不安を語ると、またジワリと涙が出てきた。
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