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「……変じゃないよ」
リーゼロッテのこぼれ落ちそうな涙を拭いながら、ミシェルは静かに言った。
「ほら、僕は今変声期だけど…変かな?」
違う、と否定する気持ちでリーゼロッテは首を横に振る。
「…人は成長するんだよ」
ミシェルがニコッと可愛らしい笑顔を浮かべる。
(…そう、だよね…)
そんな天使のような笑顔に、リーゼロッテは救われた。
体の成長に心が追いついていないリーゼロッテはずっと自分を変だと嫌悪していたけれど、変なことではないんだと心から思えた。
「ミシェル、ありがとう…私、ずっと自分の身体が恥ずかしくて…だからアランの私を見る目にも敏感に反応して、嫌悪していたみたい…」
ミシェルのおかげで気持ちが楽になったリーゼロッテは、涙に濡れた顔で笑顔を浮かべた。
「姉さんに恥ずかしいことなんて一つもないよ」
そう言うミシェルの目は真剣だ。
「でも、それが姉さんにとって辛いことなら僕が男の人たちから守ってあげるから。だから安心して」
「守るって…まるでミシェルは私の守護天使のようだわ」
リーゼロッテも軽口を言えるほどには元気になった。ミシェルは笑顔を浮かべるリーゼロッテを嬉しそうに見つめて、それいいね、と頷く。
「姉さんの心が成長するまでゆっくり待とうよ。焦らなくていいよ、姉さんは今のままでいいんだ」
ミシェルの優しさにリーゼロッテの心はどんどんと軽くなっていく。普段は得体の知れない恐ろしさを感じることもあるけれど、やっぱり自分を助けてくれるのはミシェルなのだ。
「ミシェル、助けてくれてありがとう…!」
リーゼロッテは心から笑った。
*
夜は寝る前にミシェルが差し入れてくれた茶葉の紅茶をミルクで割って飲むことがリーゼロッテの最近のルーティンだった。
リーゼロッテの寝付きが悪いことを心配したミシェルから、心が落ち着く効果がある茶葉だと贈られたものだ。飲んでみると美味しい上に確かに安心感を感じて朝まで熟睡出来るようになったので、リーゼロッテはそれから毎日愛用していた。
温かいミルクで割ってみるのも美味しいと教えてくれたのはミシェルだ。弟は博識で、よくリーゼロッテの知らないことを教えてくれる。茶葉の優しい香りとミルクの甘い匂いがリーゼロッテの鼻腔を抜けて、今日も心を落ち着かせてくれていた。
今日のアランのことは、両親には話さないで欲しいとミシェルに頼んだ。やはり、何となく知られたくなかったからだ。
ミシェルは困った表情を浮かべるもリーゼロッテの気持ちを優先すると微笑んで了承してくれたので、リーゼロッテは安堵してからミシェルの付き添いで無事にブラン公爵家へと帰宅したのだった。
(ミシェルは…本当に優しい弟だな…)
今日、自分を慰めてくれたミシェルは、いつの日か読んだ『聖なる僕は苦悩する』に出てきた主人公そのままの姿だと思った。あの主人公ミシェル・ブランはとても優しく公平で、それでいていつも他人を思いやっていた。
ミシェルの姉に対する執着心は異常だと思っていたけれど、ただ他人を思いやる気持ちの深さが、慣れない自分にとっては異常に見えたのかもしれない。
その原理で行くと、自分は非常に冷たい人間のようだ。
「……寝ましょう」
今日一日のことを思い返すと、とても疲れてしまった。紅茶のおかげで少し眠くもなってきたし…と、リーゼロッテはいつもより早めの就寝をすることにした。
リーゼロッテの暗い部屋に光が差し込むと、またすぐに暗くなる。扉が開き、誰かが入ってきたようである。
「姉さん、寝た…?」
ミシェルだった。ノックもせずに入ってきたところを見るに、ミシェルはリーゼロッテが寝ていると確信して入ってきたようだ。
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