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「ミシェル…!」
孤児院に一体何の用だろう…? まさかミシェルは自分の元を離れて孤児院に入りたいと言うのだろうか? セイラは不安になりながらも、ミシェルの後を追って、孤児院の敷地内へと入った。
玄関口に到着すると、突然ミシェルが涙を流し始めて激しく扉を叩きはじめた。
「助けてください!」
何度も叫んでいると、中から優しそうな老婆が扉を開き顔を出す。
「あら、どうしたの!?」
泣くミシェルと、まるで暴漢に襲われた風貌のセイラ。驚いていた老婆はすぐに二人に中へ入るように言った。
老婆はこの孤児院の院長らしく、裕福そうな余裕ある女性だった。セイラが男に襲われたこと、息子と必死になって逃げてきたことを話すと院長は涙を溢しながら今夜はここで過ごしていいと言った。
「明日、公爵様が視察にいらっしゃるから…貴女をここの従業員として雇って貰えないか尋ねてみるわ」
ついにはこんな事まで言ってくれた。セイラは畏れ多くも感謝の気持ちで一杯で、ここでもし働けたなら、いつもミシェルといられるし、何よりミシェルに安定した衣食住を用意してあげられるとセイラは思った。
院長の指示で風呂に浸かり汚れを落とした二人を見て、院長は驚いていた。この国では見かけないプラチナホワイトの髪色と顔立ち、そして平民には過ぎた美貌に院長はまた涙を浮かべた。
「そうやって自分を汚さないと安全に生きていけなかったのよね…もう大丈夫よ。ここは安全だから。ありのままの自分で生きてもいいのよ」
そう言って抱き締めてきた院長の腕の中でセイラは子供のように声をあげて泣いた。
*
翌朝、孤児院にはクリスティアン・ブランが訪れていた。いつものように院内を見回り、子供たちの様子を見て回る。
「子供たちの笑顔を見れば、院長がちゃんと愛情を注いでくれていることが分かります」
クリスティアンは満足そうに笑って、院長へそう言った。院長はお礼を言って頭を下げた後、クリスティアンに珍しく願いを申し出てきた。
「新しい従業員ですか…」
それは新しく雇用したい人がいるとの申し出で、これ以上は孤児院に人員は必要ないと判断し渋るクリスティアンに院長はセイラの事情を話した。公正な性格のクリスティアンは院長の話を聞き、次第に表情が曇っていく。
「なんて事だ! か弱い女性がそんな目に…」
怒りに肩を震わせるクリスティアンの様子を見て、院長は部屋の外で待機するセイラに入ってくるよう声をかけた。
「この子がセイラです。どうか従業員として働かせてやっては貰えませんか?」
おずおずと入室するセイラをクリスティアンが見つめている横で院長が言った。
「…セイラです。どうかお願いします」
セイラも生き残るため、より良い生活を送るために必死だった。
「雑用でもなんでも任せてください!」
しかしクリスティアンの耳には、院長やセイラの言葉はあまり届いていなかった。まるで稲妻にでも打たれたかのように、クリスティアンは固まり、ただセイラを見つめていた。
(……美しい…)
クリスティアンはセイラに見惚れていたのだ。亡き妻への愛が無くなったわけではない、でも、新しい気持ちを見つけてしまったのも確かだった。
「公爵様?」
何の反応も示さない公爵に院長が訝しむ目を向けると、ハッと我に返ったクリスティアンはわざとらしく咳払いした。
「ま、前向きに検討します!」
そしてそそくさとその場から立ち上がり「今日はもう一度子供たちの様子を見てそのまま帰りますので、セイラさんはそのまま孤児院でお過ごしください」と、院長とセイラを残し部屋を後にしたクリスティアン。
孤児院の廊下を歩きながらクリスティアンは、セイラの美しさについ舞い上がってしまった自分を叱咤していた。妻が亡くなり三年、まだ娘のリーゼロッテだって不安定な時期なのだ。このような状態で後妻を迎えるなど…。
(待て)
クリスティアンははたと気づく。何故自分はさも当然にセイラを後妻として迎えようと考えているのだ。自身の愚かさにクリスティアンはかぁっと顔を赤らめた。
そんな時、ふと庭で遊ぶ子供たちの様子が目に入った。楽しそうに遊んでいるな…と微笑ましくその光景を眺めていたクリスティアンは異変に気付く。
「…君たち!」
クリスティアンは輪になり固まる子供たちの元へ近付いた。
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