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参 壇上の天使
リーゼロッテ・ブランの帝都での生活も二年目に入った。彼女も16歳の乙女となり、元々美人ではあったが最近では妖艶な雰囲気を漂わせつつあり、魅力も咲き誇り始めていた。
「リーゼロッテ〜!」
「アイヴィー!」
一番の友人、アイヴィー・テラーと過ごす楽しい学園生活の日々、そして…。
「君たち二人は本当に仲が良いな」
「ユリウス殿下!」
ちょうど通りかかったらしいユリウス・オール・アウレウスが足を止めて微笑ましそうに、抱擁を交わすリーゼロッテとアイヴィーに声をかけた。
ユリウスの赤い目にリーゼロッテの姿が映るたび、リーゼロッテの胸は高鳴る。仲の良い友人との日々、そして学園に行けば少し気になる男性がいるという毎日に、リーゼロッテはこの上なく帝都での学園生活を謳歌していた。
(ミシェルもいない気兼ねなく過ごせる毎日!)
一時はミシェルへ心を開く努力をしていたリーゼロッテだったが、弟の年々強まる執着行為に姉としてついていけず、学園入学を機に逃げるように家を出てそれ以来一度も帰っていない。何となく…ミシェルと顔を合わすとこの帝都の自由な生活を失いそうで怖かったからだ。
そんな学園生活も一年が過ぎ、リーゼロッテは二年生に進学した。ここにミシェルはいない。リーゼロッテを不安にさせたり脅かすものはここには何もない。もう両手を広げて、今にも踊りだしたいくらいだ!
『——姉さん』
ふと、リーゼロッテの脳裏にこびりついて離れない声が聞こえた気がした。リーゼロッテは思わず振り返る。
「リーゼロッテ?」
アイヴィーが目をぱちくりとさせてリーゼロッテに声をかけた。
「あ…ううん、なんでもないの…」
リーゼロッテは自由を噛み締める度に、こうして不安を募らせていた。ミシェルの長年の呪縛がリーゼロッテを蝕んでいるのだ。
「そういえば、ミシェルはこちらの学園に入学しないの?」
本日の入学式のために溢れかえる見慣れない新入生たちを見つめながら、アイヴィーが尋ねてきた。
「ミシェル?」
ユリウスが反応する。
「リーゼロッテの、それはもう天使のように美しい弟の名前ですわ〜」
アイヴィーはリーゼロッテを揶揄うように笑って、ユリウスにミシェルの正体を教えてあげた。すると、『弟』と聞いてユリウスはホッとしたような表情を浮かべる。リーゼロッテとアイヴィーはそれを見逃さず、目を丸くした。
「そ、そうか…弟。うん、じゃあ、俺は先を急ぐから!」
そして、そそくさとこの場から立ち去っていくユリウスの背中を見送りながらアイヴィーが静かに呟いた。
「…嫉妬かしら?」
「え?」
「だって今、ミシェルが弟と聞いて明らかに安心してたわ!」
正直リーゼロッテもそう感じたが…顔を赤らめるリーゼロッテの手を握りアイヴィーは恋する乙女のようにきゃあ! と黄色い声を上げながら喜んでいた。
「リーゼロッテ、貴女…望みあるわよ!」
「も、もう、アイヴィー! 何を言ってるのよ!」
舞い上がる友人を諌めながらも…リーゼロッテも期待している。もしかしたら、ユリウスも自分のことを…なんて。
ユリウスはこの帝国の第二皇子であり皇太子だ。第一皇子はユリウスがまだ幼い頃に不幸なことがあり亡くなったとリーゼロッテは伝え聞いている。
第一皇子を知る者は皆、口を揃えて素晴らしい皇子だったと言う。しかし、ユリウスも優しく公正で、気遣いのできる素敵な皇子だ。リーゼロッテはそんなユリウスの姿に惹かれたのだ。
「話を戻すけど…ミシェルは南部の学園に入学したの?」
美しいものが好きなアイヴィーはミシェルがお気に入りらしい。リーゼロッテは頷いて「そうよ」と答えた。
リーゼロッテは去年一度も南部に帰らなかった。ミシェルに会うのが怖かったからだ…。しかし、家族とは頻繁に手紙のやり取りをしていて、父もミシェルも帝都の学園に入学するなどの話を振ることもなかった。だからリーゼロッテもあえて触れずに、自分の生活を守るために目を逸らした。
(こちらに入学するなら、前もって連絡が入るでしょうし…)
今朝のタウンハウスで働く使用人たちの様子もいつもと変わらぬ穏やかな様子だった。リーゼロッテは安心しきっていた。
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