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(…そういえば、あの本でのミシェルはどこに入学していたんだっけ…?)
そしてそんな疑問を抱いていると、アイヴィーが大きな息を吐いたのでリーゼロッテの意識はため息を吐く友人へと移る。
「そう…それは残念ねぇ」
あの美貌が見られないだなんて、と残念がるアイヴィーにリーゼロッテは気まずい気持ちを吹き飛ばすように明るく笑った。
「私じゃ満足出来ないってことかしら?」
「仕方ない。リーゼロッテで我慢しますわ」
「酷いわね!」
アイヴィーと軽口を叩き合いながら笑う。リーゼロッテはこんな日常がこれからもずっと続けば良いと思っていた。
入学式では、新入生と参列者として在学生が参加する。少し退屈な行事ではあるが、その分授業は無いので嬉しい行事でもある。
会場に入ると、最高学年の四年生までが集まり在校生たちで賑わっていた。
「今年の一年生にすごく美しい子が入学したらしいわ!」
リーゼロッテとは違うクラスのご令嬢が楽しそうに友人に話す内容をたまたま耳にする。
「もしかして、皇女様のこと?」
「さぁ、詳しくは知らないけれど…」
『美しい』と聞いてリーゼロッテは一瞬、ミシェルの姿を思い浮かべるがすぐに思い直す。
(そうだ…確かユリウス殿下の妹君キャサリン皇女様が今年ご入学されると聞いたわ…)
本に登場するキャサリン皇女はとても美しい人だと描かれていた。ミシェルとキャサリン二人が並ぶと、一つの芸術作品のように美しく、皆が二人の美貌を褒め称えるほどの美しさなのだと。
ミシェルが帝都に来る話は聞いていない。それであれば、噂の人物はキャサリンのことなのだろう…。
「キャサリン皇女様ですって…ユリウス殿下の妹君ですもの。どれ程の美しさか楽しみね」
リーゼロッテの隣にいたアイヴィーが小声でそう囁いてきた。暫くして入学式が始まる。騒がしかった会場は静まり、ひとつ咳払いした理事長からの挨拶で入学式は開始された。
「——次に、新入生代表挨拶」
入学式の行程は筒がなく進行していき、リーゼロッテが退屈さを感じ始めた頃、今年の代表生徒が壇上へ上がる。新入生代表は入試成績が一位の者が請け負う、誉れ高い役目だ。学力偏差値の高いこのアストラウス帝国にある貴族制の学校、ティエルリー学園で一位を取ることはとても凄いことなのだ。
(私は確か…37位…)
これでも寝る間も惜しまず必死に勉強したのだが、まずまずの順位に収まる自分の頭の残念さにリーゼロッテは落ち込まずにはいられなかった。
新入生たちからどよめきの声が上がった。リーゼロッテも何事かと思い目を向けて、そして目を見開く。アイヴィーが嬉しそうに隣で笑っていた。リーゼロッテの周りの生徒たちも浮かれた表情で壇上に上がった生徒を見上げている。
「代表者、ミシェル・ブラン——」
(どうして…)
一年ぶりに見る弟は随分と背が高くなり、さらに美しく、そして少年から青年へとあどけなさを残しつつも大人っぽく、とても魅力的な男性へと成長していた。
リーゼロッテのよく知っている天使のように愛らしい少年はそこにはいなかった。リーゼロッテの知らない、思わず手を合わせてしまうほどに神聖的で美しい天使が、そこにいたのだ。
(どうして貴方がそこに立っているの…)
壇上から遠く離れた場所でリーゼロッテは絶望する。ふと、ミシェルの青い目が真っ直ぐに自分を見つめているように思えて…。
(…逃げられない…)
リーゼロッテは恐ろしかった。
*
「ちょっと! なんで隠してたのよぉ!」
「なにが?」
入学式も終わり、教室へ戻っているリーゼロッテの隣でアイヴィーは楽しそうに騒いでいた。
「ミシェルのことよ!」
さらに美しくなっていて驚いた、と笑うアイヴィーにリーゼロッテは憂鬱な表情を向ける。
「…私も、さっき知ったの」
「え? どういうこと?」
「私も何も聞かされてなかった!」
怒りが込み上がる。父は何故リーゼロッテに話してくれなかったのか。姉である自分には知る権利があるはずだ。もし知っていれば、ミシェルの入学を阻止できたかもしれないのに…。
「…帰ったらミシェルと話してみる」
リーゼロッテは悔しさから、両手に拳を握った。
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