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帝都のタウンハウスに帰宅すると、朝とは打って変わって使用人たちが慌ただしく働いていた。どうやらミシェルの荷物が搬入されているらしく、タウンハウスの管理人である執事長が何やら執事やメイド達に指示を出していた。
「リーゼロッテお嬢様、おかえりなさいませ」
帰宅したリーゼロッテに気付き、執事長が近付いてきた。手には搬入リストのような書類を持っており、急な事にどうやら対応が遅れているようだ。
「ご苦労様」
機嫌の悪いリーゼロッテはいつもよりも素っ気ない態度で執事長を労った。やはり、ミシェルが帝都に来たんだ…と、リーゼロッテの頭の中はその事で一杯になっていた。
「ミシェルお坊ちゃんがお嬢様をお待ちですよ」
さっさと自室へ向かおうとするリーゼロッテの背中に執事長は慌てて伝える。リーゼロッテは足を止めて振り返った。
「着替えたらすぐにミシェルの部屋を訪ねると伝えて」
リーゼロッテは南部での二の舞にならないよう、ミシェルとしっかり話し合おうと決意して言った。
ミシェルの部屋を訪れることは、実は南部でも数えるほどにしかない。リーゼロッテがノックすると、すぐに返事が返ってきた。
声の明るさからして、ミシェルのリーゼロッテを待ち侘びている様子が伺える。すっかり変声期も終えて、低くなった男らしい声が扉の向こうから聞こえてきた。
ここまできて今更にリーゼロッテは気後れしている。今日、壇上の上に立つ人物はリーゼロッテの知る弟の姿では無かったから…何となく顔を合わせることが躊躇われた。
「入らないの?」
すると、リーゼロッテの気持ちの整理もつかないうちに扉は開かれて、そこからミシェルが顔を出す。部屋に入って来ないリーゼロッテを、ミシェルが迎えに来たらしい。
「あ…久しぶりね、ミシェル」
「うん。姉さんは元気だった?」
ミシェルが朗らかな笑顔で笑いかけてきた。その笑顔はリーゼロッテのよく知るミシェルの笑顔の面影があり、少しだけ安堵する。
「…えぇ。元気に過ごしていたわ」
リーゼロッテがそう答えると、ミシェルは彼女には聞こえない小さな声で「僕は辛くて仕方なかったよ」と呟いた。
ミシェルに促されてリーゼロッテは部屋へと入った。弟の部屋はシンプルであまり飾り立てられていない部屋だった。大きな本棚があり、リーゼロッテが来るまで読書でもしていたのか栞を挟んだ本がサイドテーブルの上に置かれている。何となく…帳簿のような表紙だなとリーゼロッテは思った。
「ごめんね。まだ家具が揃っていなくて…姉さんはこっちのソファーに座って」
案内された立派な一人用のソファーにリーゼロッテは遠慮なく腰を下ろすことにした。ミシェルは側にあった椅子へと腰掛ける。
「ねぇ、どうしてミシェルが帝都にいるの?」
「どうしてって……ティエルリー学園に入学したから?」
そうじゃなくて、と、リーゼロッテは苛立ちを覚える。
「こっちに入学どころか、入試を受けた話すらしてくれなかったじゃない」
定期的に手紙のやり取りはあったのだから、伝える機会は何度もあったはずだ。入試を受けたということは、ミシェルは入学前に少なくとも一度は帝都を訪れているということ。リーゼロッテに一切の連絡も入れず、入学試験を受けてそのまま南部へ戻ったということなのか。
「…だって姉さん、僕にも父さんにもなにも聞いて来なかったじゃない」
責める目でミシェルを見ていたリーゼロッテだが、そんな彼女にミシェルは拗ねるようにムスッとした顔で言った。
「僕に少しでも関心があれば、聞いてきたと思うけど?」
「それは…」
リーゼロッテは何も言い返せずに言葉につまる。ミシェルの言葉を聞くと、まるで自分が冷たい姉のようではないか。…いや、実際にはそうなのかもしれない。ここまで弟を避けようとする姉は、いないだろうから…。
「驚いた?」
暗い顔で黙り込んでしまったリーゼロッテに、ミシェルは明るい笑顔を向けた。
「姉さんを驚かせたくて。僕と父さんであえて黙っていたんだ」
ミシェルだけでなく父までもがそんな幼稚なことに加担していてリーゼロッテは愕然とするのだが…そんな彼女にサプライズで驚かせたかったのだとミシェルは微笑んで言った。
(一体、どんな手を使ったの…?)
自分の時だって渋る父親に何度も頼み込んで漸く許可を得たというのに。連れ子のミシェルを帝都の学園に入れる必要性って…と、戸惑っているリーゼロッテに美しく成長したミシェルが妖艶な顔で笑った。
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