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「姉さん。この一年間、一度も南部に帰って来なかったじゃない。父さん、すごく心配してたよ?」
ふと窓の外を見つめて、ミシェルが言う。
「そう…すごく心配してた。だから僕をこっちの学園へ入学させたんだ」
去年、溺愛する娘が手紙だけを程々に寄越して顔も見せないと落ち込むクリスティアンをミシェルは優しく慰めて、励ましてきた。
リーゼロッテがいない一年間は辛かったけれど、その代わりに自分がクリスティアンの支えとなり信頼を勝ち取るためにミシェルは行動したのだ。
『帝都って犯罪も多いんでしょう? 姉さん、一人で大丈夫かな。僕が姉さんの近くにいれば、気を付けてあげられるんだけど…』
南部の学園に通う予定だったミシェルだが、リーゼロッテのいる帝都へ行くことを諦める筈がない。
クリスティアンの不安を煽り、そしてリーゼロッテから届く父宛の手紙を抜き取りクリスティアンの元へ届かないようにした。
そうすれば、クリスティアンから見てリーゼロッテは手紙も程々にしか寄越さず帰っても来ない薄情な娘の出来上がりだ。
リーゼロッテへの対処は、ミシェルがクリスティアンの筆跡を真似て返信をしておけば彼女は『父からの返信』を読むので疑われる心配もない。
遠距離は辛かったが、この一年を耐えればまたリーゼロッテと一緒に過ごせるのだ。だから今は二人の未来の帝都生活のためにやれる事をやる。自分の愛が試されていると思えば、会えない日々の辛さも我慢できた。
『…そうだな。帝都は華やかではあるが犯罪率も高く若い女の子が一人で住むのも危ない…私の代わりにしっかり者のミシェルがあの子の側にいてくれれば私も安心だ』
ミシェルの思惑通り、娘の薄情さへの失望とだからこそ帝都に一人で暮らす娘を心配する心を煽られたクリスティアンは自分の代わりに信頼する息子を帝都へ送ることに決めた。
父親の娘を思う心を利用して、ミシェルはティエルリー学園への入学の切符を手にしたのだった。
(…とはいえ、僕も父さんと同じ気持ちだよ)
一年ぶりに見たリーゼロッテの姿を焼き付けるようにミシェルは見つめた。
(リゼのいない日々は辛くて辛くて、本当に辛くて…)
気が狂いそうだった。ミシェルはこの黒い感情を一切表に出さず、天使のような美しい笑顔で隠してしまう。
「今日からまたよろしくね、姉さん」
(まさか一度も僕に会いに帰って来ないだなんて…さすがの僕も少し怒ってるよ、リゼ)
しかしその青い瞳は妖しく光っていた。
*
その日の深夜、ブラン公爵家のタウンハウスで働く若いメイドのミリーナは子猫の鳴くような声が聞こえてきて足を止めた。それはお仕えする主人、リーゼロッテ・ブランの自室から聞こえるのだ…。
夜も更けて屋敷の者は皆就寝している。一体何の音だろう…と、ミリーナはそっと静かに扉を開き部屋の中を覗いた。
「はは、一年ぶりだからか姉さんの体も喜んでるね。これじゃお仕置きにならないよ」
「…ぁ、ん…ぁっ…」
暗がりの部屋で男女が絡み合っている影が見える。
(あれはリーゼロッテお嬢様と…ミシェル坊ちゃん?)
ミリーナは見てはいけないものを見てしまったと、すぐに扉を閉じて息を潜めた。確かに間違いない。あれはあの二人だった。
(そんな…義理とはいえ姉弟でただならぬ関係だったなんて…)
ミリーナの驚いていた表情は次第に歪な笑みを浮かべていく。主人の秘密を知ったのだ。この自分が、高貴な方々の弱味を握っている…。
そう思うと僅かに優越感を感じた。この秘密をどう活用してやろうかとミリーナが考えていると、すぐ横から視線を感じたのでふと顔を向ける。
「ひっ…!?」
そこには、少し開かれた扉からこちらを覗く青い目があった。暗がりの中でも発光するように輝く、目を逸せないほどに綺麗な青い目だ。ミリーナは魅入られたように見つめるも、同時に不気味さを感じていた。
その目の正体はミシェルだった。ミリーナの存在にいち早く気付いたミシェルは、メイドが一人で歓喜している様子を観察していたらしい。
ミシェルの手が伸びてきて、ミリーナの髪を鷲掴みにした。痛みに彼女が声を上げるも、ミシェルは構わずに引っ張り、彼女をリーゼロッテの自室へと引き入れて、そして扉をパタンと閉めた。
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