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肆 学園の天使
ティエルリー学園には天使がいる。
「リーゼロッテ!」
リーゼロッテが学園を歩いていると、普段はあまり話さないが顔見知りの令嬢から声を掛けられた。
「これ、貴女の弟に渡してくれない?」
振り返ると、そんな言葉と共に綺麗にラッピングされた焼き菓子の包みを押し付けられそうになるリーゼロッテ。
「…えぇと…責任持てないし、困るわ」
リーゼロッテは困った顔でやんわりと受け取り拒否をしてその令嬢に笑いかけると、彼女は、お願い、と食い下がる。今月でもう何件目だろう? リーゼロッテは顔には出さないが、憂鬱な気分だった。
学園では今、女子生徒人気を二分している二人の男子生徒がいる。一人はユリウス・オール・アウレウス皇子、そしてもう一人はリーゼロッテの弟ミシェル・ブラン公子だ。
剣が得意な男らしい皇太子様と笑顔が素敵な癒し系公子様。タイプの違う魅力溢れる二人に女子生徒達は皆、浮き足立ちながら夢中になっていた。
ミシェルは入学してからすぐに学園の人気者になった。元々人当たりの良い性格で物腰も柔らかく丁寧だから、人には好かれやすい性格だ。その上、あの美貌ときた。少女たちが夢中になるのも無理はなかった。
ミシェルにアプローチをかける令嬢は多くいるが、どうやらミシェルは誰の好意も受け入れていないらしい。贈り物を渡そうにも上手く交わされるので、姉のリーゼロッテに渡して貰おうと考える令嬢が続出し、今のような状況に至っているのだ。
「…ごめんなさい。こういった心のこもったものは自分で渡すからこそ意味があるのだと思うわ」
リーゼロッテは慎重に言葉を選びなるべく相手が傷付かないよう配慮して断っていた。公爵令嬢にこう言われれば大抵の令嬢は引き下がるのだが…今日の客はどうやらそうではないらしい。気の強い彼女はムッとした表情でリーゼロッテを見つめていた。
「貴女って人は…冷たいことを言うのね」
友人の頼みを断るなんて、と勝手な言い分を述べる彼女にリーゼロッテの心が騒つく。
(…我慢、我慢よ…)
怒りを隠しながら笑顔を貼り付けて、困ったように眉を下げて小首を傾げてみせた。そんなリーゼロッテを見つめながら、令嬢はポツリととある事を呟く。
「…姉弟と言っても…似てないのね…」
リーゼロッテの笑顔が強張る。あまり触れられたくないことだった。
「ねぇ、二人は本当に姉弟なの?」
「……姉弟よ。義理だけれど…」
リーゼロッテが小声で白状すると、令嬢の表情が一瞬固まった。そして、リーゼロッテを品定めするような嫌な目付きに変わる。
「…へぇ、そうなのね」
これだから嫌なのだ、ミシェルと同じ学園に通うのは。リーゼロッテは怒りから拳を強く握る。ミシェルの義理の姉だと知った途端、周りはリーゼロッテを敵視する。勝手に警戒し、勝手にリーゼロッテを品定めようとする。
自分が一体何をしたと言うのだ。ミシェルの取り合いなら勝手にやってくれればいい、とリーゼロッテは思う。
(お願いだから、私を巻き込まないで…!)
「あれ、姉さんだ」
不穏な空気のリーゼロッテと令嬢にかけられた声。その声はミシェルのもので、リーゼロッテの姿を見つけ嬉しそうな表情でこちらへと近付いてきた。
突然のミシェルの登場に、先ほどまでリーゼロッテに不躾な視線を向けていた令嬢は顔を赤らめて慌てている。恋する乙女の顔になっていた。リーゼロッテはこの機会を見逃さない、とミシェルに言った。
「ミシェル、こちらのご令嬢が貴方に渡したいものがあるそうよ」
「僕に渡したいもの…?」
あどけない顔で目をぱちくりとさせたミシェルが令嬢を見る。
「あ、あの…ミシェル公子にこちらを…!」
真っ赤な顔で令嬢が焼き菓子の包みをミシェルに差し出した。その手は緊張からか震えている。
「私が焼いたクッキーです。どうか受け取ってください!」
一瞬間を置き、ミシェルは嬉しそうな顔で笑った。
「僕にですか? うわぁ、嬉しいです!」
そしてミシェルが令嬢から焼き菓子を受け取ろうとして…ガシャッ。
焼き菓子の包みが地面に落ちてしまい、中身のクッキーが無惨にも割れてしまった。令嬢はショックを隠せない表情でその包みを拾おうとすぐにしゃがみ込んだ。
「ご、ごめんなさい…僕がしっかり受け取れなかったばかりに…」
青褪めた顔で狼狽えるミシェルに、割れた焼き菓子の包みを拾った令嬢は「…いいんです…」と元気のない声で呟いた。
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