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壱 公爵家の天使
ブラン公爵家には天使がいる。
「はぁ…相変わらず美しいわね」
リーゼロッテの友人であるアイヴィー・テラーがうっとりとした表情で呟いた。彼女の隣で紅茶を啜っていたリーゼロッテは苦い顔をする。アイヴィーが誰を見てそう言ったのか、すぐに分かったからだ。
「あんな天使を毎日見られるなんて、リーゼロッテが羨ましい…」
侯爵令嬢であるアイヴィーは美しいものに目がない人物で、彼女が関心を持つ対象は宝石は勿論、美しい人間に対してもそうだった。
リーゼロッテは自身の亜麻色の髪を弄りながら、拗ねたように口先を尖らせる。
(私の髪も、プラチナホワイトみたいな…綺麗な色だったらなぁ)
「ちょっとぉ、リーゼロッテ!」
そんなリーゼロッテの様子に気付いたアイヴィーが可笑しそうに笑った。
「貴女も十分に美しいのだから、そんな気を落とさないで!」
それを聞いたリーゼロッテは友人に目を向けて「本当?」とわざとらしく上目遣いで尋ねる。
「当たり前でしょ。その艶やかな亜麻色の髪も、猫のように大きなアーモンド型のスミレ色の瞳もすごく魅力的」
「アイヴィーの鮮やかな赤髪には負けるわ」
「まぁ、お上手ですこと!」
二人でお互いを褒め合っていると、彼女たちの元に「姉さん」と声をかけてきた者がいた。
「あ…ミシェル」
リーゼロッテは気まずそうにしながらも、二人の元に現れた美しい弟に笑いかける。
「あのケーキは食べた? すごく美味しかったよ」
ミシェルが少し離れた所にあるデザートが盛り付けられているテーブルを指差した。
本日、アイヴィーの生家であるテラー侯爵家でカジュアルなガーデン・パーティーが開かれていたためリーゼロッテたちブラン公爵家も参加していた。子連れの家族を中心に招待されているらしく、会場には大人だけでなく子どもたちも賑わっている。
気付けば新しい家族が出来て一年が経っていた。後妻のセイラとその息子ミシェルは、初めこそ周りの貴族たちに平民と嘲笑われていたのだが、二人の圧倒的な美貌を前に今ではブラン公爵家の一員として受け入れられているのである。
貴族は皆、アイヴィーと同じで美しいものが好きなのだ。リーゼロッテの友人たちは皆口を揃えてミシェルの美貌を褒め称える。そんな人たちに実はミシェルが苦手だなんてリーゼロッテは口が裂けても言えなかった。
「いいえ、まだ食べてないわ」
この子が苦手、嫌、関わりたくない…でもあの本の結末が頭にチラつく。リーゼロッテはぎこちない笑顔を浮かべて何とかこの黒い感情を今日までずっと隠し続けてきた。
ミシェルの澄んだ青い瞳がリーゼロッテを観察している…。
(…まただ…)
リーゼロッテは何も平民だとか連れ子だからとかでミシェルに苦手意識を持っている訳ではない。話してみると弟はとても素直でいい子だし、たまに愛らしく感じることだってある。
だが、リーゼロッテはよくミシェルにこの『観察するような視線』を向けられるのだ。まるでリーゼロッテの行動を逐一監視しているような、そんな気分にさせられる視線。だから彼女は弟にいつまでも心を開くことが出来なかった。
「姉さんの好きな無花果のタルトだったんだ。僕が取ってきてあげるよ」
しかしミシェルはリーゼロッテに気に入られようと努力しているのか、彼女の好ましいものをよく把握している。今みたいに好きなデザート、好きな色、好きなデザインの服装…などなど。
「天使みたいに美しい上に姉思いだなんて、素晴らしい弟ね」
リーゼロッテの心を知らず、アイヴィーが頬を染めて感心したようにミシェルを褒めた。
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