壱 公爵家の天使

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「私からはこの美味しいアーモンドチョコレートをリーゼロッテに食べさせてあげるわ」  と、アイヴィーは自身が摘んでいたチョコを一粒手に取ると、そのままリーゼロッテの口元へと運ぶ。リーゼロッテは少し身構えながらも、アイヴィーの手の動きに合わせて口を開けた。  すると突然、ミシェルが後ろから抱き締めるようにリーゼロッテの口を塞ぐ。驚くリーゼロッテの目の前でアイヴィーは動きを止めてミシェルを見上げた。 「駄目です。姉さんにはナッツアレルギーがあるんですから…」  座っているリーゼロッテの後ろで囁くように言うミシェルの声が心なしか冷たく感じて、リーゼロッテはゾッと悪寒を感じていた。 「あ……そ、そうだったの。全然知らなかったわ」  アイヴィーも焦った顔を笑顔で取り繕い「リーゼロッテ、ごめんなさいね」とチョコレートを元の皿に戻す。 「…大丈夫よ。私も伝えていなかったから…」  リーゼロッテが言うと、ミシェルの手は離れていつもの穏やかで明るい声に戻っていた。 「じゃあ、僕は姉さんのケーキを取ってくるね」  ミシェルはそのままこの場を後にした。リーゼロッテは居心地悪そうな友人に言い訳のように事情を話した。 「実は去年ナッツに当たって、その時に呼吸器症状を引き起こした姿をミシェルに見られちゃって…姉思いなの。どうか気を悪くしないで」 「そんなこと気にしないで。優しい弟ね…」  アイヴィーは暗い顔をする友人に明るく笑って返事をした後、先ほどのミシェルの表情を思い出していた。 (彼、いつもは虫も殺せない聖人のような笑顔だけれど…あんな表情も出来るのね)  そして、全身に鳥肌が立つ。笑顔を浮かべている筈なのに恐ろしさを感じたのは初めてだ。アイヴィーの本能が、この話はもうここで切り上げるべきだと訴えている。 「それよりも…私、今度帝都へ遊びに行くのよ」  話題を変えてアイヴィーが話を振ると、リーゼロッテも安心した表情を見せて「羨ましいわ」と目を輝かせた。  リーゼロッテたちのいる南部は中心部から離れているため、気軽に帝都に行くことは出来ない。今度都会に遊びに行くと言う友人にリーゼロッテも付いて行きたい、と思った。 (そうすればミシェルと離れられるのに…) 「美しいと噂のユリウス皇太子様と大恋愛しちゃったりして…」 「ま、アイヴィーったら!」  お茶目なジョークを言う友人と共に、リーゼロッテは楽しそうに笑い合った。  *  ミシェル・ブランは姉思いの優しい弟で有名だ。いつもリーゼロッテの側にいて、姉を甲斐甲斐しく世話している。 「ほら、姉さん。口にカスタードが付いてるよ」  そう言ってリーゼロッテの口端に付いたカスタードを自身の指で拭うミシェル。リーゼロッテはハッとした顔をした後に赤らめてはミシェルを咎めるように見た。 「ちゃんと自分で拭えるわ」  恥ずかしがる姉にミシェルは満たされたような気持ちになる。リーゼロッテの皿に目を向ければ、順調に食べ尽くされていくデザートたちにミシェルは安堵していた。  リーゼロッテが苺を口元に運ぶ。リーゼロッテの小さな口が開き、白くて小さな歯と熟れたように赤い舌がチラリと見えて…ミシェルがその様子をじっと見つめていると、彼女とふと目が合った。 「…デザートは美味しい?」  ミシェルは目が洗われるような美しい笑顔を浮かべてリーゼロッテに尋ねた。弟がチョイスして皿に盛り付けてくれたデザートはどれもリーゼロッテの好物ばかりで、不満なんてない。 (…ミシェルも私と姉弟として仲良くしようとしてくれているのだから、私も避けてちゃ駄目よね)  ミシェルの努力に報いるため、リーゼロッテも弟に心を開く努力をしようと思った。
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