壱 公爵家の天使

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「えぇ、私の好きなものばかりだわ。いつもありがとう、ミシェル」  リーゼロッテが微笑むと、ミシェルの頬が赤く染まった。そして、飲み物を取ってくる、と、そそくさとこの場を後にするミシェル。 「…姉弟というより、まるで恋人みたいね」  側でリーゼロッテたちを見守っていたアイヴィーが、ミシェルが不在の隙にリーゼロッテを揶揄うように言った。 「やめてよ」 「だってそうじゃない。いくら弟とはいえ、あの尽くしようは……本当に二人の間に何もないの?」  空気が甘すぎてもうデザートが食べられない、と軽口を叩くアイヴィーにリーゼロッテはムッとした顔を向けた。  姉弟といっても義理だ。ミシェルのこういった態度に、アイヴィーのように勘繰る者は一定数いる。これまでにリーゼロッテも他の子息令嬢たちから幾度となく尋ねられてきた。 「本当にただの姉弟よ。もう、こういうの困るのに…」  前にミシェルに注意したことがある。周りの目があるから、そこまで自分に構わなくてもいい、と。しかしミシェルは笑顔で聞き流すだけで、自身の行動を改めるつもりはないようだった。  それであれば、自分がミシェルから距離を取ればいいのかも知れない。公爵邸では難しいが今日みたいな外出時の周りの目がある間だけでも、そう行動出来ないだろうか。 「アイヴィー、散歩しない?」 「自分の家を?」  面倒臭そうな表情を浮かべる友人に、弟が戻ってくる前にと気が焦るリーゼロッテは急かした。 「いいじゃない。庭園でも案内してよ」 「仕方ないわねぇ」  リーゼロッテはアイヴィーを連れて、ミシェルが戻る前にその場から離れることに成功した。 「ブラン公爵令嬢」  テラー侯爵家自慢の大きな庭園にある池をアイヴィーと眺めていると、見知った少年から声をかけられたリーゼロッテ。 「ナザイル侯爵令息様、ご機嫌よう」  リーゼロッテが微笑みながらカーテシーをすると、声をかけてきたエリオット・ナザイルが見惚れる表情で頬を赤く染めた。 「ぜひエリオットとお呼びください」 「…まぁ」  好意的な態度を示してくる同年代の男の子に、リーゼロッテは内心困りながらも笑顔で返した。こっそりこの場から去ろうとするアイヴィーの袖をリーゼロッテはしっかりと捕まえて、目の前の少年に尋ねた。 「私にご用ですか?」  何故去ってくれないのかと言いたげな目をアイヴィーに向けながらエリオットはリーゼロッテの元へと近付いた。 (お生憎様、リーゼロッテが離してくれないのよ)  アイヴィーはエリオットの視線に対して、心の中でそう返す。 「いえ、あの…ぜひ貴女とお話したくて」  アイヴィーのことはいない者として扱うことに決めたらしいエリオット。リーゼロッテは笑顔のまま、何て返そうかと考えていると…。 「やっとあの弟が貴女から離れましたから」  エリオットが言葉を続けた。 「元は平民のくせに、まるで公爵家の一員にでもなったかのような振る舞いに俺は我慢なりません」  皆がミシェルを肯定する中、このような少数意見をはっきりと述べるなんて猛者だなと思いながらも、リーゼロッテは姉としてミシェルを庇った。本の結末を避けるため、弟を大切にすると決めたのだ。 「ミシェルは立派な公爵家の一員です。家族を侮辱しないで下さい」  エリオットはリーゼロッテへの恋心ゆえミシェルが気に入らなかった。常に彼女の側にいるミシェルが羨ましくて…それなのに想い人から厳しい目を向けられてエリオットは傷付いた。 「…貴女のためを思って言っているのに、酷いです!」  癇癪を起こしたエリオットはリーゼロッテに手を伸ばす。それをアイヴィーが守るように立ちはだかると、エリオットはアイヴィーを突き飛ばした。 「あっ…!」  アイヴィーは態勢を崩し倒れる。その先には、テラー侯爵家ご自慢の…あの池があった。 「アイヴィー!」  自分を守ろうとしてくれた友人の腕をリーゼロッテは必死に掴んで何とかこちら側へと強く引く。すると自分がアイヴィーと入れ替わるように態勢を崩して池の中へと落ちてしまった。 「リーゼロッテ!」  水飛沫の音とアイヴィーの叫び声。エリオットは目の前の光景に顔を青くさせて、逃げるようにこの場から走り去り行ってしまった。
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