壱 公爵家の天使

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「大丈夫!? 捕まって!」  池の深さはリーゼロッテの腰まであり溺れたりなどはしないが、水を吸ったドレスは恐ろしく重たい。アイヴィーの手を掴み何とか這い出ようとするが、全く体が上がらなかった。 「あの男…人を突き飛ばして逃げるだなんて、なんて最低な男なの!」  アイヴィーは憤慨しながらリーゼロッテの腕を掴み引き上げようとするが、少女たちの力ではどうにも出来なかった。  リーゼロッテの白い腕も強く引かれたことで赤くなっている。痛みに彼女が顔を顰めた。 「姉さん! どうしたの!?」  そんな時に、リーゼロッテを探していたらしいミシェルが二人を発見する。池に落ちたリーゼロッテを見て、ミシェルは驚愕に顔を歪めていた。 「ミシェル、近くの大人を呼んできて…」  お願い、とリーゼロッテが言う前にジャケットを素早く脱いで躊躇いもなく池に入ったミシェル。 「ミシェル!?」  リーゼロッテが驚いていると、ミシェルはリーゼロッテを後ろから抱きかかえて浮かせてくれたので、タイミングを合わせてアイヴィーが再度リーゼロッテの腕を引いた。 「大人たちを呼んでくるわ!」  ミシェルの助けもあり、なんとか池から上がることの出来たリーゼロッテの姿を確認してアイヴィーはパーティー会場の方へと走って行った。 「…ミシェル」  ずぶ濡れのリーゼロッテが振り返ると、ミシェルがちょうど池から上がるところだった。 「体が濡れて冷えると思うから、これを羽織っていて」  そう言ってリーゼロッテの肩に自身の着ていたジャケットを優しく羽織らせてミシェルは微笑んだ。 「……ありがとう」  リーゼロッテは俯いてお礼を言う。 「私…姉なのに、いつもミシェルに助けられてばかりね」  リーゼロッテは色々な理由を付けてミシェルを苦手だと考えていたが…そうじゃなかったのかもしれない。  ただ、甲斐甲斐しく世話をされて、アレルギーの話も言い出せなかった自分の代わりにはっきりと伝えてくれて、こうして困っていたら助けてくれて…本当は姉として不甲斐なさを感じていただけなのかもしれない。 (私と同じくらいの背丈なのに、力もずっと強くて…)  そう情けなさを感じていたリーゼロッテの顔をミシェルが覗き込んできた。 「姉さん」  濡れた白髪の間から硝子玉のように綺麗な青い瞳が覗く。 「僕ね、姉さんと家族になれて嬉しいんだ」  そしてニコッと愛らしい笑顔を浮かべた。ミシェルがリーゼロッテの頬に張り付く亜麻色の髪を丁寧に取って耳にかけてやると、リーゼロッテは顔をあげる。 「ごめんなさい…私、心のどこかでずっと貴方を苦手に思っていたの」  家族になれて嬉しいと言ってくれる相手に、自分はなんて不義理な事をしていたのだろうか。自分の心や立場を守ることに必死で、この年下の少年の気持ちを汲み取ろうともしていなかった。 「うん…気付いていたよ。寂しかったけど…」  困ったように笑うミシェルに、リーゼロッテはますます罪悪感が募る。壁を作られても健気に仲良くなろうと努力してきてくれたミシェルを、リーゼロッテはこれからより大切に、今度は本当の家族として接しようと決めた。 「ミシェル!」  リーゼロッテは目の前のミシェルに抱きつく。彼の首に腕を回し、ぎゅっと力を入れて抱き締めた。 (不甲斐ない姉でごめんなさい…)  そんな謝罪と変わろうと決意した、そんな気持ちを込めてミシェルを抱き締めた。  ミシェルは突然抱き付いてきたリーゼロッテに驚いた表情を浮かべるも、すぐに大切そうに抱き締め返すが…その目は暗くて、濁っていて、悦に入った感情を見せていた。  リーゼロッテが腕を解いてミシェルの顔が見えるように離れると、ミシェルの青い目はいつも通りに澄んだ状態に戻る。 「これからも家族としてよろしくね」 「うん、姉さん」  二人が笑い合ったところで、アイヴィーに連れられて両親たちが慌ててこちらへ駆けてくる姿が見えた。
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