弍 守護の天使

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弍 守護の天使

 先月はミシェルの13歳の誕生日パーティーをブラン公爵家が開き盛大に祝った。  ミシェルとセイラを本心から家族として受け入れることにしたリーゼロッテを見て、父クリスティアンが大いに喜んだ気持ちがパーティーの盛大さに現れていた。 「姉さん、これ切ってあるからこっちを食べてよ」  家族揃っての食卓で、ミシェルは自分が切り分けた肉の皿とリーゼロッテのそれとを入れ替えながら言う。 「ミシェルは本当に優しいなぁ」 「リーゼロッテちゃんの事が大好きなのね」  微笑ましそうな顔で呑気に笑う両親に、リーゼロッテは複雑な心境だった。  リーゼロッテはミシェルを虐めず、嫌がらせをせず、暴力を振るわずに平和な日々を過ごしていた。両親の言う通り、ミシェルの行動は純粋な姉への好意が世話を焼くという行為となって現れているだけなのかもしれない。  しかしリーゼロッテは何とも言い表せない不安と恐怖をミシェルに対して感じていた。これを他の大人に言ったところできっと理解して貰えない…リーゼロッテは父にさえも口を噤むしかなかった。  去年まではそこまで無かった。確かに甲斐甲斐しく世話を焼いてくるまでは同じだが、それでも姉思いの弟の行動の範疇を出ていなかったから。  変わったのはテラー侯爵家でのガーデン・パーティーの後からだ。世話焼きに加えて、ミシェルはリーゼロッテの行動全てに干渉してくるようになった。  リーゼロッテの密かな趣味も、友人との手紙のやり取りも、ミシェルは全てを把握している。彼女の交友関係に必ず口を出し、そしてリーゼロッテが知らない所でいつのまにか彼女の友人達と仲良くなっているミシェル。  ミシェルも友人を作りたいのだろうとリーゼロッテは初めこそ気にしていなかったが、友人達にしか話していない彼女の秘密をミシェルが当たり前に知っていたことがあり、リーゼロッテは初めて違和感を感じ始めた。  その友人に後日問い詰めると、ミシェルも知っていたから話してもいいと思ったと言われた。リーゼロッテは、そんな筈ない、と思った。だって自分は、ミシェルに一度だって自分の秘密…少し気になっている異性の話など打ち明けたことなどないのに…と。  いいなと思っていた令息との手紙のやり取りは、次第に向こうからの返事が減っていき、そして何となく終わった。  リーゼロッテの周りにはいつもミシェルが絡んでくる。まるで全てを監視、管理されているように感じてリーゼロッテは言い表せない不安と恐怖をいつしか弟のミシェルに感じるようになった。正直、ミシェルの自分に対する執着心を異常に感じていた。 「どうしたの姉さん。美味しくない?」  暗い表情で自分が切り分けた肉を黙々と食す姉に、ミシェルは話しかけた。 「え…?」  リーゼロッテが肉の皿から顔を上げるとミシェルは小首を傾げながら呟く。 「おかしいなぁ。姉さんはウェルダンよりミディアムレアの焼き加減の方が好きだから、シェフにもそう伝えていたんだけど………もしかして好み変わった?」 (ほら、また…)  ミシェルの青い目がリーゼロッテの姿を映した瞬間、彼女は鳥肌が立ちゾッと背筋に悪寒を感じる。側から聞けばなんて事のない会話だ。でも、それがミシェルの放つ言葉だと、ただ姉を慕う弟の言葉のようには聞こえなくなるのだ。 (…まるで…)  自分の趣旨趣向すらもミシェルに知らない事は無いと言わんばかりのこの表情。それがまるで自分を管理しようとしているように思えて…。リーゼロッテはミシェルと過ごす日常に窮屈さを感じていた。とにかく弟と距離を取りたい。そんな彼女にも希望はあった。  帝国の貴族は15歳になれば四年間は必ず学園に通うことが義務付けられている。それゆえにリーゼロッテは来年から一人、帝都にあるブラン公爵家のタウンハウスで暮らすことになるのだ。  南部にも学園はあるが、リーゼロッテはどうしても帝都の学園がいいとクリスティアンに強請った。父は気が進まないながらもそれを承諾し、リーゼロッテはミシェルの異常なまでの監視から解放されると安堵していた。 「姉さん? ぼーっとして、熱でもあるの?」  何も答えないリーゼロッテにおかしいと思ったのか、ミシェルが手を伸ばしてきた。 「あ、大丈夫…! 少し眠たくて、えっと…お肉は美味しいわ」  その手を避けるようにリーゼロッテが慌てて答えると、動きを止めたミシェルは手を引いて、そしてニコッと愛らしく笑う。 「そっか。それなら良かった」 (…味がしない…)  リーゼロッテの精神的苦痛は大きいらしく、無味の肉を黙々と食した。
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