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…キッチン。
それは今まで、苦痛の場所でしかなかった。
「あー…。また、焦がした…」
呟き、焦げただし巻きを包丁で切って、一切れ口に含む。
「まず…」
溢れたのは、ため息…
独りなんは長いし慣れたし、望んでおるわけやけど、料理だけは、何年経っても上手うなれんで…せやけど、生活費や身体ん事考えたら、自炊は避けられん。
そやし、作っても作っても、全然腕はようならへんで、結局…京都に赴任してからは、地元の味も恋しいのもあって、外食や惣菜ばあになり、いつしかキッチンに立つんは、冷蔵庫漁るんと、電子レンジ使うくらいになった。
せやけど、絢音が来てくれて、ほんで、料理教室通うようになり、少しずつ、空っぽやったキッチンに調理道具が並び始めた頃やった。
「うげっ…」
「異常でもあったんですか?」
京極ちゃんの問いかけに、ワシは呆然と応える。
「あかん。体重…5キロも増えとる。」
「あぁ…そう言われると、心なしか検事、ふっくらしてますよね。食生活でも変わったんですか?美味しいお店見つけたとか…」
「いや、変わったっちゅーかーその。美味なってん。ご飯…」
「はあ…。例の、同居されてる?」
「んん。まあ、ちょっと…行きたい言うから、料理教室通わせてんねん。そしたら、出てくる料理全部美味うて…つい。な?」
…そう。
毎日出される料理一つ一つが、恐ろしいくらい美味うて美味うて…
なにより、惚れた女が自分の為に頑張って勉強して練習して作ってくれとんや思うたら、益々美味う感じて…
米粒一つも残さず、二杯三杯と白飯平らげてたら、この有様…
京極ちゃんには幸せ太りでご馳走様言われたけど…ちょお、ダイエットせんと、中年太りでだらしのうなって、絢音に幻滅されるんは避けんと…
そう心に決め、控えよう控えようと思い帰ってたら、ふんわり漂ってきた、甘い匂い。
「…この匂い、確か絢音が好きや言うてた菓子屋の方…」
ふらふらと匂いの方へ行くと、確かに絢音が好きやと言ってた菓子屋。
しかも、いっとお好きなシュークリームの、焼きたてを報せる看板。
「アカンアカン!!甘いモンなんて以ての外…」
やけど…
これ買うて帰って、お土産やて渡したら、絢音きっと、笑ってくれる…
ありがとうって、藤次さん大好きって、言うてくれる…
そう思うたら、もう迷いはなかった。
「ダイエットは、明日からや…」
デブの常套句呟いて、ワシは菓子屋に入って行った。
今日もキッチンで、鼻歌歌いながら美味い飯作ってくれてる彼女に、感謝と愛を込めて…
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