そのままでいいよ

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そのままでいいよ

慶太(けいた)先輩、みーつけた」 「……静川(しずかわ)」 また見つかった。 俺を見つけるのが得意なひとつ下、一年の静川。今日も俺は追いかけられている。 「愛生(あき)と呼んでくださいって、いつも言ってるじゃないですか」 「やだよ。調子乗るだろ」 「乗らせてください」 めんどくさい男に好かれたものだ。 顔はいいけど性格は問題ありな静川に目をつけられたのは、俺が保健室で堂々とサボっていたときに先に静川が隣のベッドで寝ていたという、それだけのこと。俺は誰が寝てようが気にせず、空いたベッドで寝ていたら仕切りのカーテンが開けられる気配を感じた。瞼を上げると眼前に知らない男の整った顔が。今まさにキスしようとしているという格好で、俺に微笑んだ。 『見つけた。俺のお姫様』 それからは校内だろうと校外だろうと追いかけられる。俺は被害者なのに、みんな嫉妬の視線で突き刺すし。望んでやってもらっていることじゃない。それを理解してくれる人なんていなかった。 理由。俺は浅い人付き合いしかしていないから。 だから静川のことを相談できるような友人もいなくて、逃げ場になってくれるような人もいない。ということでいつも静川に捕まるだけ。振り切ろうとしても、こいつ足早い。 「慶太先輩、お弁当です」 「いらない」 「手作りなんです。大好きな先輩のために早起きして作りました」 弁当箱を胸に押し付けてくる静川。押し返す俺。そんな、なにが入っているかわからないものは食べたくない。 「俺の手作り弁当食べられるのは慶太先輩だけです」 「いらん」 「照れちゃって」 「………」 ほんと、いつもこの調子だからな。俺は絶対勝てない。 静川が小さくあくびをする。 「早起きして眠いならどっかで寝てろ」 「添い寝してくれるんですか?」 「言ってない」 「積極的ですね、先輩」 ぎゅうっと抱き締められ、力をこめられる。苦しい。こいつ、手加減なしに抱き締めてきやがる。俺がもがくと更に腕の力は強くなる。 「逃がしませんよ、先輩。大好きです。俺の愛を受け取って下さい」 「いらない」 「もっと愛して欲しいってことですか?」 「違う」 静川が顔を近付けてくるので押しのける。でも負けじと顔を寄せてくる。屋上前の踊り場での攻防。 「俺の名前、“愛に生きる”って書いて愛生なんです。先輩のために生まれてきたようだと思いませんか?」 「全然思わない」 「照れてる先輩可愛い」 こいつには絶対敵わないと思う。でも、簡単に負けを認めたら好き放題されるだけだから認めない。どうして俺なんだ。静川なら選び放題だろう。 「保健室行きましょうか。ベッドで添い寝してください」 「授業始まるだろ」 「やだなぁ、サボったって問題ないですよ」 俺の腕を引いて保健室に連れて行こうとする静川の力があまりに強くて、このままじゃ腕がもげるんじゃないかと思ったから仕方なくついて行く。めちゃくちゃ不本意。いつもこうやって、気が付くと静川の思いどおり。そのうちほんとに頭から食われるんじゃないかと思う。 で、保健室に連れて行かれてしまった。 「さあ寝ましょう。一緒に寝ましょう」 「ひとりで寝ろ」 ベッドに押し倒そうとしてくる静川をぐいぐい押して逃げようとするのに、なぜかどんどん身体がベッドに近付いていく。すぐにとすん、とベッドに背が付いてしまった。まずい。すかさず静川が隣に横になり、俺を抱き締める。 「ああ、慶太先輩の温もり…」 「………」 なんで俺はいつもこいつに負けるんだ。…なんかもうどうでもよくなってきた。このままされるがままになっていよう。 「先輩は屋上前の踊り場が好きですけど、あそこは暑いです。先輩が熱中症になったら大変なので、サボるときは保健室とか図書室にしてください」 …悪いやつじゃないんだよな。ちょっとおかしいけど。 「好きです、先輩…大好き」 静川の腕の中にすっぽり収まった状態で愛を囁かれる。うーん…。悪いやつじゃないんだけど、なんでそんなに俺なんだ。 「先輩、眠れそうですか?」 そう聞く静川の声のほうが眠そうだ。しょうがない奴。 「静川こそ眠いんだろ。寝ろよ」 「嫌です…俺だけ寝たら先輩が逃げちゃぅ……」 語尾が消えていったので顔を見たら静川が寝ている。弁当作るために早起きして、授業サボって寝るってわからない。それでも静川はテストの順位が学年トップだったって言っていた。惚れ直しましたか?って聞くから、そもそも惚れてないって答えた。 静川の寝息を聞いていたら俺も眠くなってきた。抱き締められたままなのは嫌なのでもがいてみるけれど、本当に寝てるのかってくらいがっちり抱き締められていて逃げられない。 「ほんとにしょうがない奴…」 こんな風に好かれるのは慣れてないけど、悪い気はしない。静川の言動に引くときは多々あるけれど。 「……ふぁ…」 あくびが出た。俺も夢の国に旅立つのは時間の問題だ。
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