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◇◆◇◆◇
昼休み、結局俺は静川の手作り弁当を食べた。ご飯の上にはハート型にカットした海苔がのっていた。非常に食べづらかったけど、静川がじっと見ているので食べた。食べさせられた。
「先輩が俺の作ったお弁当を食べてくれるなんて…幸せです」
「もう作んなくていいから」
「おいしくなかったですか? …料理クラブ入ろうかな」
静川が料理クラブに入ってくれたら俺は追いかけ回されない。入ってくれてもいいけれど、そうしたら毎日弁当を作ってくるだろう。
「違う。早起きで眠そうなの見たくない」
「!」
「…味は、悪くなかったし」
というよりおいしかった。いつもパンだからこういうのは本音では嬉しい。でも相手が静川だと思うと警戒する。
「大好きです、先輩!」
抱きつこうとしてくるのを慌てて避ける。ほんとにこいつは…。
「先輩、今日も一緒に帰りましょうね」
「“も”って、俺は静川と一緒に帰ったことは一度もない」
でも最終的には一緒に駅まで行くことになる。静川が俺を見つけるから。目がいいのか鼻が利くのか、俺の動きを察知するあぶない男。どんなに毎回バラバラな時間に帰ろうと見つかる。…やっぱ料理クラブ入らせるか。
「静川」
「だめですよ」
「は?」
料理クラブ入らせようとしたことが伝わってしまったか。心まで読めるのか。
「キスのおねだりをするときは“愛生”と呼んでください」
「………」
「ほら、先輩。言ってみて?」
「…言わねーよ」
脳内どうなっているんだろう。きっと色とりどりの花が咲いているに違いない。どういう思考をしていたらこうなるんだ。
「静川が俺を好きな理由はなに?」
「え?」
「いつも追いかけ回すばっかりだし、出会いも偶然だし、俺を好きになる理由がわからない」
理由を聞いたら俺も静川を好きになるとは限らないけど、でも聞いておいたほうがいい気がする。
「俺、昔観た映画に出てきたお姫様がすごく好きだったんです」
静川はにこにこと話し出した。
「お姫様?」
「はい。とても可愛くて、王子様を待っているところが健気で。まあ、昔は健気なんて言葉は知らなかったんですが」
「うん」
お姫様が可愛いのはわかる。確かに憧れるときはある。そういえば最初に俺を襲おうとしたときの第一声も『見つけた。俺のお姫様』だった。
「俺のお姫様はどこかなって探していたら、見つけたんです。俺の慶太先輩」
「……まさかそれだけ?」
「十分な理由じゃないですか? 俺の探していた人なんです」
「探していた…」
たまたま見つけたのが俺ってだけじゃないのか。そしてなんで男の俺なんだ。お姫様は女だろ。
なんだか聞いたら更に納得できなくなった。
「嬉しいな…先輩が俺を受け入れてくれた」
「受け入れたわけじゃない」
「大好きです、慶太先輩」
また抱きつこうとするから避ける。俺に向ける情熱を他に向けたらすごい成果が出るだろうに…俺だからなぁ…。
「そんなに俺をじっと見て。慶太先輩の心も俺に向いてきましたか?」
「そんなわけ……」
なんだか疲れた。言葉を切る。
「先輩? どうしたんですか?」
「いや、なんか…疲れた」
「具合悪いんですか!?」
静川が慌て始める。
「ああ…やっぱりここは暑いから、熱中症かもしれません。保健室…いや、病院に…!」
「そうじゃないから」
「わかってます。大丈夫です、俺がついてますから!」
抱き上げられた!
まずい。保健室で済めばいいけど、この慌て方だと病院に連れて行かれそうだ。熱中症ではないと理解してもらわないと…!
「静川、ほんとに大丈夫だから!」
「そうやって俺に心配かけないようにと…健気すぎます!!」
階段を駆け下りようとするので、最後の手段と暴れて自分で静川の腕から落ちる。着地に失敗したけれど、なんとか落ちることができた。
「先輩!!」
「いてて…」
「ああ、俺はなんてことを…! 先輩を落とすなんて!!」
「いや、俺、自分で落ちたから」
立ち上がる俺と、蹲る静川。
「ほら」
手を差し出すと、静川は俺の手をじっと見ておずおずと手を重ねる。なんか可愛いな。手を引いて立ち上がらせると、そのままの勢いで抱きついてきた。
「先輩、好きです!」
「離せって」
「嫌です! こんなに好きなのに、どうして受け入れてくれないんですか…!」
どうしてって言われても…。俺は同性愛者じゃないし、静川だって今は俺がいいかもしれないけれど、いつかは現実が見えて俺から離れて行くかもしれないだろ。そう言ったら『そんなことない!』って言うだろうけど、そういうこともあり得るんだから、近付きたくないだろうが。
「先輩…先輩…っ」
俺を抱き締める静川。悲痛な声にどうしたらいいかわからない。背に腕を回してやるべきなのか。でも、それをしたら勘違いさせる。そんなの静川が可哀想だ。
「……ごめん、静川…やっぱ、俺」
「聞きたくありません!」
俺の言葉を静川が遮る。
「静川?」
「聞きたくない!!」
いやいやと首を横に振る静川が切なくて、思わず頭をくしゃくしゃと撫でてしまった。泣きそうな顔をしていた静川がふにゃっと微笑む。こいつは笑顔が似合う。
「ねえ、先輩…俺を受け入れて」
「静川…」
「先輩が好きなんです。本当に本当に好きなんです……」
一回受け入れてやれば気が済むだろうか。そうしたら俺がお姫様じゃないってわかるかもしれない。現実を見せないと、いつまでも俺を追いかけそうだ。
「………わかった」
「先輩?」
「静川を受け入れる」
静川が固まる。ゆっくり静川の背中に腕を回して抱き締めると、静川の身体が更に強張った。
「慶太先輩…?」
俺の顔を覗き込む瞳が揺れている。静川の頬にそっと手を添えたら、静川が目を見開いた。
静川はこんなに綺麗な顔をしていたんだな、と今更思う。かっこいいとは思っていたけれど、こんな風にきちんと見るのは初めてかもしれない。じっと静川を見つめる。
「愛生」
「…慶太先輩…」
一瞬頬を染めた静川がすぐに真顔に戻る。そして俺の身体を離した。
「……やめてください」
「愛生?」
「“愛生”なんて呼ばないでください…。慶太先輩は俺がなんて言っても“静川”って呼んで、追いかけると逃げるんです…」
そういて欲しいのかな、と思った。悲しそうな顔で俺を見る静川。こんな表情、初めて見た。
「……ごめん、静川」
「先輩…ごめんなさい」
ふわっと唇が重なって、顔を離した静川は走っていなくなってしまった。
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