第一部 第一章 蒼い涙 

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 いや、もしもボクがいなければ、彼は食事すらとらないんじゃないかと言うくらいの勢いだった。  何故なら彼が何かを持ってきてくれなければ、ボクが飢え死にしてしまうから。  そして、数ヵ月後、彼は再び戦場へ出ることになった。  淡々と準備を整える彼は、以前とは異なり震えてはいなかった。  曰く、今度は間抜けな指揮官に振り回される事がないから、遥かに安全だ、って。  出発当日、ボクを外に出し扉を閉めると、今度は一月もかからないだろう、と彼は言い、ひっそりと去っていった。  孤児院とご近所さんにお世話になること半月、言葉通りに彼は戻って来た。  わずかに青ざめた顔をしていたけれど、前回とは違って酔っぱらってはいなかった。  ボクを中に招き入れ、乱暴に甲冑を脱ぎ捨てると、彼はしばし浴室にこもる。  ひとしきり戦場の匂いを洗い流すと、彼は神官の服を着て、真っ先に香を焚く。  不思議な香りが部屋に充満する頃には、彼は分厚い本を書き写す作業を始めていた。  かりかりというペンの音は、深夜まで続いていた。  早く寝なくて良いの? 帰って来たばかりで疲れているんじゃない? これじゃ病気になっちゃうよ。
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