妖花

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 友人の家に泊まりに行った、とある夏の夜の話である。  彼は農家の家の子で、たいそう立派な農家屋敷に住んでいた。敷地の端にある鳥小屋ではたくさんのチャボがひしめき、また別の小屋では一羽のクジャクがしずしずと歩き回っていた。不思議に輝くクジャクの羽根を友人はお土産にもたせてくれた。  ひとしきり見物が終わると夕食をごちそうになった。  Tさんとこの次男だろう、ずいぶんと大きくなってえ、と親父さんに言われ、たらふく米を食わされた。  にぎやかな食事が終わり風呂を借りた後で外廊下を歩いていると、母屋から続く渡り廊下の先に離れがあることに気がついた。足を向けようとしたそのときに、蚊取り線香に火をつけてまわる友人が通りかかり、そっちに行ってはいかんぞ、とわたしに言った。言った後に口元が固く真一文字に結ばれた。  つと、思い出した。彼にはからだの弱い姉がいる、という話をずいぶん前に聞いたことがあった。ああ、すまん、とわたしは応え、彼とともに部屋に戻った。  友人が台所からくすねてきた酒をなめているうちに、友人は寝てしまい、わたし一人が取り残された。網戸の向こうから虫の鳴き声と、遠くから川のせせらぎが聞こえるだけのきわめて静かな夜だった。便所に行ってから寝ようと部屋を出た。  用を済ませ、渡り廊下の前を通り過ぎようとして、たまたま離れに目をやった。先ほどは気づかなかったが、離れの障子ごしに灯りがともっているのをわたしは認めた。  酔いもあってか、好奇心がまさった。眠れないでいるのなら、ひとつ、話し相手にでもなってあげよう、などと勝手な思いつきをたずさえて、わたしは廊下を渡った。  障子戸の前まで来て、さてなんと声をかけようかと思いあぐねているわたしに、 「ダイちゃんのお友達?」  と、声がかかった。  声がした方を見やると、外廊下の縁側に小さな人影が腰をかけていた。雲間から月が顔を出した。一人の少女がそこにいた。縁側から足を投げ出し、外をぼんやりとながめているようだった。 「こちらにいらしたら?」  少女がわたしを手招いた。ずいぶんと大人びた口をきく少女であった。  妹もいたのか、夕食の席にはいなかったが。そう思いつつ、少女に促されるままに隣に腰を下ろした。床が妙に冷たかった。  離れの裏には一面に青い花が咲いており、月光を浴びて輝いていた。美しいだけでなく、妖しさもそなえた花々は、 「まるで海のようだ」  思わずわたしは口にしていた。 「そうなの?」と少女は首をかしげた。 「海には行ったことがないから、よくわからないわ」  少女はゆめうつつに月を見上げた。わたしは少女の横顔をながめた。美しい、と思った。まるで花々の一部であるかのようだった。  まだ幼い子どもに美しさを感じたことを不思議に思ったが、そうか、おれは酔うているのだ、と自身をごまかした。 「寒くはないですか?」  と、少女が言った。 「寒い? 今は夏だよ?」 「そうかしら……あたし、そろそろ部屋に引き上げますね」  そう言って、少女はわたしを少し見つめた。障子ごしに見えていた灯りはいつの間にか消えていた。  部屋に戻ると物音で目を覚ました友人が、便所か、と声をかけてきた。 「妹がいたとは知らんかったぞ」 「は、なんのことじゃ」 「いや、だから、小さい女の子が離れの方にいたから、少し話しとった」  わたしの言葉を聞いて、友人は目を見開いた。それから部屋を飛び出して、どこかに駆けていってしまった。  後を追うと、友人は離れにいた。開け放たれた障子の向こうは空っぽだった。 「姉さまじゃ」  友人はつぶやきながら、奥へと進んだ。離れにはもう一部屋あるようで、わたしは友人とともに足を踏み入れた。その部屋には仏壇があった。仏壇の中央には遺影が立てられており、先ほどわたしが言葉を交わした少女が写っていた。 「化けて出てくれていいからよう、もう一目だけでも、会いたかったんじゃ」  と、友人が言った。その肩は寒さに震えているかのように小刻みに揺れていた。
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