ひとつめ

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ひとつめ

「笹井先生、そこ何入ってるの?」 「そこ?」  指先が僕の胸部を見つめる。点滴を抜きながら、談笑していたら問われた。細くて小さな手が、すぐベッドに沈む。  質問の意図が分からず、残された透明な線を辿った。到着した先、僅かに膨らんだポケットがある。何かを入れた覚えはあるが、何が入っているのか僕にも分からなかった。  白衣なんか、何着かをローテーションしているし尚更だ。ゆえに、同じ気持ちになって手を突っ込む。 「あ、飴入ってた…………前のやつ」  現れたのは、一昨日同僚にもらったレモンの飴だった。すっかり忘れてた。ポケットは手軽で便利だが、記憶も預けがちになる。 「忘れてたの? 要らないなら花にちょうだい」  無邪気な笑みで、花ちゃんが再び手を浮かせる。また、すぐに落ちてしまったけれど。  本音はすぐにでも渡したかった。だが、一度洗濯してしまっているし、何より保護者に許可を得なければならない。それが病院での決まりなのだ。彼女の両親がきたら訪ねてみよう。 「えー、いるいる。先生が食べる。花ちゃんには今度持ってくるね……忘れなかったら」 「ふふ、待ってるー」  花ちゃんは、またも可愛らしく笑った。  こんなにも明るい彼女がもうすぐ死ぬなんて――この場所に長くいるほど、不平等さを腹に詰めるばかりだ。
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