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プロローグ
「……あの、お願いですから通してください」
寒さが一層厳しくなった一月半ばのよく晴れた昼下がり、駅から繁華街を通り抜け、どこかゆっくり休める場所はないかと探していた女性が一人、いつの間にか雑居ビルが建ち並ぶ人通りの少ない裏路地へ迷い込んでいた。
彼女の名前は花房 詩歌。化粧っ気の無い顔だけど既に顔が整っている所謂美人顔ゆえ、パッと見ただけでも思わず誰もが振り返る様な魅力的な女性だ。
艶のある綺麗な黒髪を右下辺りで一つに束ね、黒のタートルネックセーターに白地にピンク調の花柄が描かれたフレアスカートを穿き、上には白いコートを羽織っている彼女は清楚なお嬢様に見える。
そんな詩歌は明らかに治安の良くない通りだと分かりそうな程人通りの少ない道をひた歩き、野良猫やカラスが荒らした跡なのか無造作に捨てられたゴミが辺り一面に散らばっている廃ビルの前で、煙草を吸いながらスマホに視線を落として屯っている数人の男たちが顔を上げた事で目が合った。
「あれ? こんなところでどうしたの?」
「道に迷った……とか?」
「そりゃ大変だ。こんな所にキミみたいな女の子一人なんて危険だよ」
「そうそう、紳士な俺らが安全な場所まで連れてってやるよ」
男たちは親切心を装いながら怯える詩歌に群がると囲むように立ちはだかった事で、身の危険を感じた彼女は震える声で冒頭の台詞を呟いたのだった。
男たちは一見愛想が良さそうに見えるものの、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら品定めでもするかのように詩歌を見ている事や、派手な髪色にピアスを付け、安っぽいジャケットから覗く派手な柄のシャツや襟元や手の甲などに入れ墨らしきものが入っている事からして、ろくな男たちでないというのが容易に想像出来る。
(早く、ここから逃げないと……)
しかし、四人の男に四方を囲まれている詩歌は逃げるに逃げられず、どうしたものかと途方に暮れる。
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