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『わしはギャンドゥー神。とある商売の神じゃ』
「異世界転移させたのって、ギャンドゥー神のしわざかよ!?」
『そのままでは死んどったところじゃが、おぬしはすばらしき社畜じゃから救いの手を差し伸べたのじゃ』
「めっちゃ恩着せがましい神様だな。ってか俺って社畜だったのか!? 自覚がないんだが……」
俺の趣味はごまんとある百円の品物をえんえんと並べること。幾何学的に並べた時のあの達成感がたまらないんだ。
『そうだ、社畜の自覚がない者こそ最上級の社畜なのじゃ! おぬしはA5ランクの店員じゃ!』
「牛肉かよ! でも最高ランクって人生初の経験だから悪い気はしないけどっ!」
『端的に言えば、おぬしは神に選ばれた人間なのじゃ。よってわしの力の鱗片を授けよう!』
突然、俺のカーゴパンツの両ポケットがまばゆい光を発する。
『おぬしのポケットはもとの世界と繋がっている。さあ、かつての文明を用い、新たな世界の救世主となるのじゃ!』
「俺が救世主に!?」
『というわけで、まずはその少女をおぬしが救って見せよ!』
一方的に用件を押し付け、ギャンドゥー神の声は消えた。
その瞬間、時が動き出した。魔物が俺をじろりと睨む。
――ちょっと待て、俺、丸腰だぞ? 異世界に来た瞬間、ゲームオーバーなんてありかよ!
けれど神は力を授けると言っていた。もしかしてこのポケットにチート的な力が――?
俺は慌ててカーゴパンツのポケットに両手を突っ込み、中をまさぐる。すると出てきたのは――。
こっ、これはっ!
じゃじゃん! 人気のおつまみ、『バルト海いわしのアヒージョ缶詰』!
これが救いとなるのか!? すかさずプルタブを引いて開け、その中身をぶちまける。
「これでも喰らえェェェェ!」
あたりにオリーブオイルとにんにくの香ばしい香りが広がる。魔物の視線が俺から宙を舞うバルト海いわしへと移りゆく。
「フオオオオォォ! なンだこの香りはァァァ!」
魔物は飛び上がり、バルト海いわしを華麗に口でキャッチした。
「がぶがぶがぶ……ごっくん! こりゃあ人間の百倍うめぇ!」
鼻をスンスンとしながら周りに落ちたいわしを捜し始めた。やみつきになるのは一瞬だった。
現実世界の料理の神秘にほだされたコボルドは、もはやただの野良犬にしか見えない。俺は失神した少女を抱きかかえてその場から逃げ去った。
引き離せれば匂いで尾行されることはないはず。だって、あの強烈なにおいは奴の嗅覚を麻痺させるだろうから。
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