ドアの向こう [ホラー]

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ドアの向こう [ホラー]

娘がまだ赤子だったころ。 玄関の呼び鈴に興味を示し鳴らしたがるようになった。 鳴らすとなったら絶対。「押させない」という選択肢は私には無く、ダメなどと言ったら最後、のけ反って狂ったように泣き叫ぶほどだった。 呼び鈴くらい好きにさせていいだろうと思うかもしれないが、誰も居ない家に向かってベルを鳴らす行為が、私には不自然で不気味に思えていた。 できればやりたくなかった。 キンコーンの後にプスと小さな音がするのが恐ろしかった。無論それからしーんとして何も聞こえないのだが、もしもここで、いないはずの誰かが返事をしたら…などとおかしな妄想がむくむくと湧き上がり毎回ゾッとした。 それに、「呼び鈴モード」になった娘の異常な雰囲気も恐ろしかった。 まるで何かに取り憑かれたように娘はベルを鳴らしたがった。 母子二人きりの生活で、この時間が何よりも私のストレスとなってしまった。 そのうち飽きるだろうという私の密かな期待を裏切り、小学生になっても中学生になってもこの習慣は変わらなかった。 急いでベルを鳴らしている娘の姿をしばしば目撃する日々が続いた。 理由を尋ねても、娘はキョトンとするばかりだった。 娘は無意識にあれをやっていたのだ。 それを知り、私はますます恐ろしくなった。 そんなある日のことだった。 私が帰宅すると娘の様子がおかしくなっていた。 娘とそっくりなのだが、どうやら娘ではないように思えた。 何者かが娘に成りすましているのではないか。 その疑惑はやがて確信へと変わって行った。 私は疲れていた。 仕事から帰り、玄関のドアに手をかけたまま数十分経っているなんてこともしばしばあった。 同時に呼び鈴を無意識で何度も鳴らしていることも多々あった。 ふと我に返ると、狂ったように呼び鈴を鳴らしているのだ。 家に入ると怯えたような目で娘がこちらを見ていた。 やがて、世間の人たちが私達のことを悪く言うようになった。 お隣さんも隙あらばこちらの悪口を言って来た。 私は耳栓を買って常に耳に入れていたがそれでも悪口は聞こえて来た。 その声がとても大きく耐え難くなったある日。 逃げるように帰宅し玄関のドアを開けると、女がそこに立っていた。 ニタニタ笑いながら立っているその女は私だった。 私が立っていたのだ。ニタニタ笑いながら。 自分が上げた悲鳴を私はどこか遠くで聞いていた。尻もちをついた。 目の前の私はニタニタ笑ってこちらを見ているだけだった。 相手がニヤニヤしているだけとわかると、私は恐る恐る立ち上がり急いでリビングへと入った。 娘は普段通りテレビを見ていた。娘とさっきの奴は同類だと確信があった。 私はできる限り平静を装って、夕飯の支度を始めた。 視線を感じて振り向くと、そこに私が立っていた。 玄関から移動して来たのだ。相変わらずニタニタ笑ってそこに立っていた。 背中に冷たいものが走ったが、私はそれを無視した。 それからずっと、ふと気が付くと視界にニタニタ笑う私が入って来るようになった。 外を歩いていても同じだった。 振り返るとニタニタ笑う私がいた。 夜中に目を覚まし、暗がりにあのニタニタ顔が見えて心臓が止まりそうになることもあった。 こいつは私と入れ替わろうとしているに違いないと思い始めた。 ニタニタ女が現れると、私は苛立ちを抑えられないようになっていた。 とうとう我慢の限界がきて、私はニタニタ女に向かって手を伸ばした。 こんな奴、消えてなくなればいいのにと思ったのだ。 するとどうだろう。 これまでただ笑っていただけの私が、急に鬼のような形相になり、私の腕を掴んで来た。 それはそれは凄まじい力だった。 自分とそっくりな女に引っ張られて、私は前のめりに倒れてしまった。 慌てて起き上がると、女は消えていた。 その代わり、私はいつのまにか家の玄関にいて、ドアの向こうを見ているのだった。 キンコーンと呼び鈴が鳴った。 出ようと思ったが足が動かなかった。 数秒たって、ドアが開き、私と娘が入って来た。 娘はまだ赤子で、私に抱かれていた。 赤子の娘は、赤子らしからぬ表情でギッとこちらを睨めつけてきた。 まるで、近寄るなと言っているようだった。 それから何度も呼び鈴が鳴っては私と娘が入って来るシーンが繰り返された。 どうやら呼び鈴が鳴ると私はその場面に固定されるようだった。 娘だけにはずっと私が見えてるようだった。 私は必死にここから出して欲しいと娘にお願いし続けたが、娘はこちらを睨めつけるだけで私を助けてはくれなかった。 やがて娘が成長するすると、呼び鈴の後に娘と私のどちらかが一人で入ってくることが増えてきた。 娘は相変わらず私を睨めつけてきた。 私はと言うと…ブツブツと独り言をつぶやき、とても正気には見えなかった。 私にはわかっていた。やがて私が私を見る日がやって来る。 そしたら、私は私に伝えたいことがあった。 あなたが見ているのは本物の私。 私の方が本物なのだと言ってやりたい。
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