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インターホンの音が鳴り響いた。俺はアパートの玄関を押し開く。ドアチェーンで固定された隙間から、髪を七三に分けた黒スーツ姿の男が顔を覗かせる。
「どちらさん?」
「どうもすみません。私は電化製品のセールスマンをやっております鷺田と申します」
愛想笑いを浮かべる鷺田に顔をしかめる。名前からしていかにも胡散臭そうだ。
「あいにく間に合ってるんで」
早々に切り上げようとすると、
「今なら無料サービスやってますよ!」
鷺田が食い下がってきた。俺は片眉を上げる。
「何がタダなんだ?」
「ご興味がおありで?」
歯ぎしりした。この手のタイプはすぐ自分に都合良く話を解釈しようとする。油断は禁物だ。
「どうせ初回手数料のみがゼロ。みたいな話だろ? それで結局定価の値段で製品を買わされるわけだ」
「いえいえ! 商品の本体代は無料ですよ」
「そんなうまい話があるわけ……ははん分かったぞ」
俺は指を鳴らした。
「さてはものすごく電気を食う製品だな? 燃費の悪いポンコツ押し付けて『高性能だから仕方ない』ってあとで言い訳する気なんだろ」
「とんでもない」
鷺田は手をすり合わせ、上目遣いになる。
「それどころか自社製品は使用する際、電気代すら一切かかりません」
「そんな電化製品あるわけないだろ」
「嘘ではございません。疑われるなら実際に」
「いい加減にしろ!」
気付けば怒鳴っていた。
「とにかく何もいらない。帰ってくれ!」
束の間の沈黙。破ったのは鷺田だった。
「素晴らしい」
鷺田の目が希望に輝いていた。
「あなたこそ我が社の製品にふさわしいお方だ」
「はぁ? あんた何を言って」
「私の名刺と試供品を置いていきます」
俺の言葉を鷺田が遮る。
「お気に召さなければ破棄してください。ですがきっと喜んで頂けるはず」
鷺田はうやうやしく頭を下げると、
「またのご利用をお待ちしております」
ドアの後ろに姿を消した。
「ちょっとあんた!」
俺はドアチェーンを外して飛び出した。が、鷺田はすでにいなかった。
「一体何者だったんだ……?」
足元に目を落とす。名刺をのせたダンボール箱が置かれていた。蓋部分に貼られたラベルには『ビビら製品 電動シェイバー』と印字されていた。
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