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『お電話ありがとうございます。ワケアリ電気営業課の鷺田です』
「電動シェイバーの試供品を貰った者だが」
『これはこれはお客様! わざわざご連絡ありがとうございます』
ハイテンションの鷺田にスマホ越しでも仰け反ってしまう。
『電動シェイバーはいかがでしたか?』
「うんまぁ何というか」
俺は言い淀んだ。
「とても良かったよ」
『そうでしょう!』
音割れするほどの鷺田の大声に肩をすくめた。勝ち誇ったような笑みを浮かべる鷺田を想像するのは正直癪だった。が、文句は言えなかった。実際にビビら製品の電動シェイバーを使うようになってからは、長時間剃り跡が目立ちにくくなっただけではなく、肌のスベスベ感が増したのだ。
「ふるえが弱まる度に罵倒するのはしんどいが」
『とにかく喜んで頂けて何よりです』
「ひとまず気に入ったよ。この電動シェイバーを正式に買わせてもらえないか」
『その必要はございません』
間髪入れずに鷺田は答える。
『先日も申し上げました通りそれは試供品です。引き続きご自由にお使いください』
「そうか? でも何だか悪いな」
『どうかお気になさらず。というのもお客様からの代金はすでに頂戴しておりますので』
俺は耳を疑った。
「金を払った覚えはないぞ」
『申し訳ありません言葉足らずでした。お客様はキナグサ電力とご契約されていますよね?』
「確かにそうだが。なぜあんたがそれを?」
『実はキナグサ電力と当社ワケアリ電気は系列会社でして。今回キナグサ電力に送らせたお客様の個人情報を元に、訪問させて頂いた次第でございます』
「それって普通本人である俺の許可が要るんじゃないのか?」
『同系列会社間に限り、個人情報の取り扱いについては会社側に一任する。キナグサ電力とのご契約内容書にも書かれていたはずですが』
並ぶミミズのような長文書類を思い出して頭を掻いた。説明をよく理解しないまま同意書にサインするのは俺の悪い癖だった。
『話を戻しますね』
鷺田が咳払いを一つする。
『私どもワケアリ電気はお客様がキナグサ電力にお支払されている電気代の一部を頂戴しております』
「そんなことしてキナグサ電力の採算は合うのか?」
『収入を分けてもらう代わりにワケアリ電気は電化製品をお客様達に直接売り込みます。つまり先日の訪問もその一環だったわけです。当社の電化製品をより多く使って頂くことで電気の使用量は上がっていき』
「キナグサ電力も儲かる……か」
『おっしゃる通りでございます』
「なるほどな」
俺は納得するも、
「でも待てよ」
あることに思い至る。
「それだと電気を使わないビビら製品は」
『はい。大赤字商品でございます』
鷺田は俺の考えを代弁した。
「なぜそんな無意味なことを?」
ぶつけた当然の疑問に、
『すべてはお客様のためです』
鷺田はさも当然のように言った。
『日頃ご愛顧頂いている皆様に対して、心ばかりのサービスなのでございます』
鷺田の熱が込められた言葉に、俺の心はふるわされた。
「そうだったのか。俺は誤解してたようだ。最初は何てずる賢こそうなやつなんだと疑ってたが、あんたの会社はもとい、あんた自身も商売人の鏡だ」
『いえいえそんな滅相もございません』
「他にもビビら製品の取り扱いはあるのか?」
『もちろんございます。ただ、ビビら製品以外にも商品は多数ご用意しております。どれも電気代をぐっとおさえられる省エネ機能がついてまして』
「それはまた今度だ。今はとにかくビビら製品を片っ端から使ってみたい。もちろん」
俺は溜めてから言い放った。
「試供品で!」
受話口の向こうでズッコケるような音が響いた。
『か、かしこまりました……どれもスマホから簡単にお取り寄せが可能ですので』
鷺田が声を低めた。
『ご利用誠にありがとうございます』
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