愛し子へ

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愛し子へ

 その声は、私の中にいつも響いていた。  いつも、と言うには語弊がある。  聞こえるときも、聞こえないときもある。  ただ、あまりに当たり前に聞こえていたものだから、何もわかっていない幼い頃、母に尋ねてみたことがある。 「この声は、だれの声?」 「声?」 「だれかが、なにか言ってるよ」 「お母さんには何も聞こえないよ……?」 「え、どうして? 熱い熱いって、言ってるよ」 「何ソレ、ちょっと怖いんだけど……」  母は私を見て眉をひそめた。 「ねえ、パパ。何か聞こえる?」 「なんの音? 何も聞こえないけどな」  父も不思議そうに首をかしげていた。  うちは田舎だったから、車の通る音も時々しか聞こえなかった。  母は気味悪がって、おかしなものが無いか家中を探していた。  それで理解した。この声は私にしか聞こえていないのだと。  母があまりにも気持ち悪そうにしているので、それ以来声が聞こえても何も言わないことにした。  声は私にだけ聞こえ続けた。  声は、よく苦しそうにしている。  熱いとか、痛いとか、むずむずするとか、苦しいとか、言っていることが多い。  時々、声は嬉しそうにしている。  愛おしいとか、美しいとか、なんのことを言っているのだろう。  声が嬉しそうにしてくれていると、私は少し安心する。  夏によく心霊番組なんかをやっているのを見て、そういう類いのものかと思った。  私には人には聞こえない、霊的な声が聞こえてしまうのかもしれない、と。  霊媒体質、というやつだ。  小学生になって、中学生になって、高校生になって、大学生になって、社会人になって。  それでも声はずっと聞こえた。  聞こえる声はたった一人の(霊を一人と数えるのかは知らないけれど)だけだった。  他の声は聞こえたことが無い。  霊媒体質だとして、その霊の声だけが聞こえているのだろうかとずっと不思議に思っていた。そんな特殊な体質、あり得るのだろうか。
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