会社勤めの魔王

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会社勤めの魔王

 会社勤めの魔王は満員電車に揺られていた。人の波にどんどこ流されながら、肋骨がギリギリなのを感じた。出入り口と人間に挟まれながら、ガラスの向こうを眺めた。か細い月が浮かんでいる。とっぷり暮れた夜である。魔王は「ちょっと人間多すぎるなぁ」と思った。というわけで人間を減らすことにした。  しかし魔王の脳裏に友人らの顔が浮かんだ。家族の顔も浮かんだ。実家の犬も浮かんだ。人間を無作為に減らすと悲しむ人が現れかねない。魔王は自身の魂胆を諦めながらとぼとぼ夜道を歩いた。コンビニ前で不良に絡まれた。というわけで、人間をグループ単位で減らすことにした。 「家族や友人と一緒ならまだ悲しくないかも。地獄も悪くないし。」魔王は目の前の不良を片付けた。誰か1人選んでその家族と友人をまとめて減らすことに決めた。しかし気づく。家族にはまた家族が、友人にはまた友人がいて際限が無い。というわけで悲しむ人が途切れる範囲で人間を減らすことにした。  片付けたべちょべちょの不良から減らすことにした魔王は、不良の家族と友人などを聞き出した。友人の友人まで聞けたところで不良から「何故そんなことを聞くのだ」と問われ、魔王は懇切丁寧に説明した。べちょべちょの不良は「ちょっと待ってくれ」と懇願した。というわけでちょっと待つことにした。  不良は言った。「俺は電車に乗らないし家族は車通勤だ」と。それは魔王には衝撃的だった。確かに事の発端は満員電車だ。電車に乗らない不良を減らしても満員電車は減らない。減らせるのは不良の友人の中でも、電車に乗るわずかな人だけ。というわけで電車に乗る不良の友人だけを減らすことにした。  減らすべきでない人間まで減らすとこだったと不良に感謝した。すると「じゃあ友人を減らすのはやめて」と頼まれた。魔王が渋ると不良は続けた。「いつか立派なドライバーになって電車に乗る人をたくさん車に乗せるから」魔王は不良の改心に感動した。というわけで不良の友人は減らさないことにした。  しかし人間を減らせなかったので会社勤めの魔王はやはり満員電車に乗らねばならない。次の日の朝、魔王は不良の改心の思い出し泣きをしながら起きて、窓の向こうを眺めた。元気な太陽が昇っている。輝く朝である。魔王は「そうか、車に乗れば良いのか」と思った。というわけで車を買うことにした。 次の日、魔王は買った車でうきうき優雅に運転し会社に向かった。しかし駅の近くまで来るとやたらと信号に引っかかり渋滞に阻まれ後ろから煽られた。進まぬ車両にぐつぐつしてきたところでバイクが1台びゅんと横をすり抜けていった。よく見るとその背はいつかべちょべちょにした不良だった。  会社勤めの魔王は渋滞道路にしてやられていた。バイクだけがびゅんびゅこ進み、堪忍袋の緖がギリギリなのを感じた。車両と車両に挟まれながら、フロントガラスの向こうを眺めた。悠々雲が流れ、遅刻確定の朝である。 魔王は「ちょっと人間多すぎるなぁ」と思った。というわけで色々減らした。終わり。
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