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 康子の家は駅から離れた山中の一軒家であった。どんどん民家が減っていくことへ私は不安を覚えたりもしたが、頭の中は卑猥な妄想で占められ他の事へは目を瞑っていた。  康子は雪と静寂にすっぽりと覆われた平屋の家に着くと、家には上がらず、私をそのまま家の裏手へと連れて行った。壁際にずらっと並んでいる薪の向かいに、斧がささった切り株がある。一か所だけ石積になった壁は窓がついていた。察するにきっとそこが風呂だ。 「大前さん、早速だけど薪を割って頂戴。私は夕飯を用意するから」  まだお昼を回ったばかりだったが、きっと手間がかかるものを作ってくれるのだろうと踏んだ私は「わかった」とだけ返事をし、斧の方へと体を向け、康子に背を向けた。康子は「薪を割れば体が温まるもんで」と言いながら、ギュギュと溜まった雪を踏む。その音に耳を貸しながら、私は生まれて初めて斧というものを掴んでみた。木にめり込んだそれは掴んだだけではビクともしない。薪を割れば体は温まると康子は言うのだから、かじかんでしまった手も、そのうちよく動くようになるだろうと考えながら、感覚の乏しいまま斧を力いっぱい引っこ抜いた。斧は想像より勢いよく抜けて、あろうことか手からすっぽ抜けてしまった。ヒュンヒュンと風を切る音の後に「ギャア」という悲鳴が上がり、バサリと重いものが雪へと落ちる音。私は嫌な予感からぞわぞわと寒気がし、首から顔へと抜けていくのを感じながら、恐る恐る振り返った。  まさか……そんな……。  康子の頭には斧が見事に刺さっていた。先ほどまで切り株に刺さっていた状態にそっくりだったが、違うのは血液が流れ落ちて雪を赤く染めていることだった。  足が竦み、駆け寄ることが出来ない私を待ちかねたように、康子が突っ伏した体をゴロンと返した。そう、頭に斧を刺したまま康子は息をし、体を動かすことが出来たのだ。今思えば当たり所が良かったのだと思うが、あの時の私にはそれは恐怖でしかなかった。  話すことが出来ない真っ青な康子の口がパクパクと動き、その中に雪が入っていく様を震えながら凝視する。真っ白の雪に花柄スカーフと血がやたら映えていて、鮮明であった。  逃げなければ。卑怯な私は、まだ息をしている康子の横を走り抜けると、そのまま康子を見捨て山を下りてしまった。  そうして二時間後に来ると言われていた電車に乗り込み、二度と康子の居る町に足を踏み入れることはなかった。
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