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痛覚を鈍らせるためすーっと鼻から息を吸い込んで、「ところで」と気になる点を切り出した。
「そのエピソードトークにココちゃんが王子様だった話、いる?」
「いる。私の人生のハイライト、走馬灯でも流す記憶」
「ココちゃんの人生ってそんな退屈なの」
「おそらくだけど、あれ以上の栄誉ってこの先の人生で訪れないと思う。めったにないでしょ、美少年に跪いてガラスの靴を履かせる経験」
まあ、それはそう。ガラスの靴って自分が履くこともないけど、誰かに履かせてあげることってもっと珍しいし。でも、べつに羨ましくないですが。
「演目が白雪姫だったら、キッスのチャンスもあったのにね」
「は〜〜〜マネこそ退屈な人生だわ。おカネのことばっかり考えてるから、そんな安い計算しかできないのよ」
「高いより安いほうがいいし」
「あのねえ、キスなんて、いずれ好きな人との上書きで消されちゃうじゃない」
「ほう」
「ガラスの靴を履かせる行為それ自体よりも、花菱くんにとっての最初で最後のひとりになったという事実を抱いて、初恋は永遠にきらめくというわけよ」
わかったようなわからないような曖昧な納得で私がてきとうに頷いた頃、タイミング良くチャイムが鳴った。
説明上手なココちゃんの話をうまく飲み込めない場合、聞き手に難があるだろう。私はロマンチック欠乏症かもしれない。
みんなの初恋を奪っては返すモモキは、どんな相手に初恋を渡すのだろう。
気になったけど、気にしても得はないのでかぶりを振って邪念を追い払った。すると高い位置でまとめていたポニーテールが揺れて、それによって発生した風が、私の心のろうそくの火を完全に吹き消した。
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