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親のそういうところは大好きで尊敬してるけど、花菱百喜のような最高位の善人を見てしまうと、やっぱり。
「私なんて、贋作だよ」
「うん?」
「うちの学院って真作がいるの。真作の美人や金持ちや天才は腰が低くて善人だし、ぜったいに敵わない」
そもそも真作や贋作という概念を知ったのも、花菱美術館のホームページを覗いたおかげだ。
私は子どもの頃から今まで芸術に携わる機会なんてなかったし、そのての教養が欠けている。花菱百喜と出会うまでは欠けていることにさえ気付いていなかった。
花菱百喜はあらゆるコンクールで最優秀賞を総取りして、しかしそれらを自慢することも横柄になることも一切なく、麗しき聖人君子として今も変わらず学院の頂点に君臨している。
生まれたときからずっとうつくしいものを映してきた瞳、うつくしい音だけを聴いてきた耳、うつくしい言葉だけを吐いてきた唇。モモキの美貌には、高校生になってもまだそう思わせる無垢さがある。
「マネの価値を見抜いてくれる、目利きに出会えるよ。きっとね」
ギンが端正な顔立ちを崩して笑いながら私の肩を組んできた。こんどは振り払うことをせず、「だといいけど」とだけ返した。
長い腕の内側でなにげなく顔を上げると、高い位置に月が浮かんでいた。
「見て、月が銀色」
「マネが月に興味あるの、いつも意外なんだよな」
「月は、みんなから公正に無料で見えるから素晴らしいよ。美しいものって大概は金持ちに近くて貧乏人からは遠いのに」
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