ロマン主義

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 ちょっとお金持ちの人たちが芸術に触れる機会がないのは、本当の大金持ちが真作の美術品を買い占めて、独り占めするからだ。その買い占めた宝物たちを一般向けに展示してお裾分けしてくれるのが花菱美術館。そのチケットだって、梅田食堂なら2食分の料金だ。  銀色の月は高いところにあって、赤色の月は低いところにある。これは夕陽や朝陽がオレンジ色なのと同じ理由らしい。水平線に近いとき、赤っぽく見えやすい。  だから、銀色のときは高く遠くで届かない。窓を閉めるとき、みんなが気にも留めない距離だ。 「ギンって、いい名前だね」 「そう?長男に“銀”ってつけるの、ありえなくない?まずは金だろ」 「金だと下品だよ」 「マネーのマネに言われましても」  同じ月に向かって歩きながらくだらない話をしていると、あっという間にマンションの入り口に辿り着いた。  自動ドアを潜り抜け、エントランスに入ると定位置にコンシェルジュが立っていたので挨拶して通り過ぎる。  私たちは習慣でロビーに置かれたコーヒーマシンに立ち寄り、順番に淹れたコーヒーを紙コップに注ぐ。くつろぐためのソファやテーブルもあるのだけど、そこではコーヒーを飲まずにエレベーターで上がるだけの自分の部屋まで持ち帰るまでが我々の習慣だ。  ここには夜景を臨む飲み放題のBARや美容エステにマッサージ、プール付きのスポーツジムも併設されており、私が大人だったらもっとこのマンションを楽しめたのにな。  コップを片手にエレベーターを待つ間、思い出して尋ねた。 「まだチョコレート1個残ってるけど、私が頂いて持って帰っちゃっていいの?」
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