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美しさを前にして緊張するのはこれが初めての体験だった。うっとり見惚れる余裕もない。脳内履歴が一時的に削除されてしまい、どう立ち振る舞えばいいのか分からなくなった。
不可抗力で釘付けになった私に気づき、彼は愛想良く会釈する。その隙に履歴を読み込むと、彼は新入生代表挨拶をしていた有名人つまり同じ1年生だという検索結果が出てきた。
天使が羽で舞うように音も立てずしなやかな歩みで近寄ってくる。彼のために誂えた学生服は微塵も崩されず着こなされており、完璧な裾の丈を見つけて「背が伸びたら作り直すのかな、もったいないな」とどうでもいいことを考えた。
「自画像の提出って、どこのクラスも今日までなんだね?僕もさっき慌てて提出してきたところ」
うしろから私の破壊的な画力を覗き込み、人懐こく笑いながら話しかけてくる。
汚点を見られた私は目にもとまらぬ早技でスケッチブックを隠したけれど、もう遅い。小馬鹿にされるのも覚悟していたが彼は邪気を微塵も見せず、優雅な挨拶で空気を和らげた。
「はじめまして、僕の名前は花菱百喜。よろしくね」
美人や金持ちや天才は性格が悪いとか、そんなの嘘だ。本物のそれらに会ったことがない人のでたらめ。
本物に会ったらわかる。私は、このときわかった。
「女神さま……?」
心のままに呟いてしまうと、彼は気恥ずかしそうにくすくす笑って「なに言ってるの、男の人間だよ」と訂正した。
まあそうだろうけど、そんなわけない。この13年間で私のデータに入力されてきた男の人間とはあまりにも違いすぎる。
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