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「ああごめん、私は梅田真音です。手のひらだして」
従順に差し出された手のひらを取り、私は強運そうな手相のうえに「うめ、だ、ま、ね」と読みながら指でなぞって梅田真音を書く。
苦労知らずのなめらかな白い手だが、ほっそりした指にはタコができていた。
書き終えて手を離すと、モモキはなにも残っていない自分の手のひらを大切そうに眺めながら言う。
「真っすぐな音で真音?梅田さんにすごく似合う、かわいい名前だね」
「残念だけど、うちの親は花菱みたいに感受性が高くないの。単にマネーのマネだよ」
「ふふ、梅田さんのご両親も面白い方なんだ」
面白いというか、商売気質が抜けないのだ。
父はいちおう急成長を遂げた飲食店グループ『うめだHD』の2代目社長なので神様から授かっているはずなのに、なぜか汗水の匂いがする。下町の定食屋で生まれ育った感覚が抜けていない。
「ねえ、梅田さんもおてて出して」
「いいけど、なんで?」
「僕も梅田さんみたいに、梅田さんの手のひらに僕の名前を書いてみたいから」
漢字ならもう知ってるけどな。そう思いながらも、損はしないだろうと無抵抗に片手を差し出す。
するとモモキは満足げに私の手をとり、「はーなーびーし、もーもーき」と読み上げながら“花菱百喜”を書き出した。画数が多くてくすぐったい。
私が中指の腹で太く書いていたのに対し、モモキは人差し指の爪で描いていく。踊る指先はピアノの演奏みたいに優雅だ。
書き終わって解放された手のひらに視線を落としても、当然ながら何も残っていなかった。
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